UKのジェイムス・ブレイクが、2010年代のエレクトロニック・ソウルに新しい潮流を生み出したシンガー・ソングライターであることは間違いない。ただ、その表現から立ち上る魂の輪郭はとても孤独で、音そのものがバブリーな流行を拒否しているような、そういう孤高のムードを纏っていた。通算3作目となるアルバム『ザ・カラー・イン・エニシング』においても、そのムードは大筋において変わってはいない。
2016年に入って、「Modern Soul」、「Timeless」、「Radio Silence」といった新曲群を次々に自身のラジオ・プログラム(英BBC)で発表してきたジェイムス・ブレイクは、ニュー・アルバム『ザ・カラー・イン・エニシング』で実に全17曲、トータル76分にも及ぶ楽曲を詰め込んでいる。そのすべてが透徹の美に貫かれ、打ち震えるようなヴィブラートの歌声を吹き込んでみせた。まるで、彼自身の表現は思いつきのアイデアにより選択したものではなく、生まれつき逃れられないものであったかのように、徹底している。
「Timeless」では《自分自身を見失うことなどできない/僕は自分の時代を生きているんだ》という確信を歌い上げる一方、控えめなピアノとエレクトロ・ノイズが伝う「Love Me In Whatever Way」や、オルゴールのように響く「Put That Away And Talk To Me」では、相変わらずひとり愛に彷徨するジェイムス・ブレイクの姿が浮かび上がってくる。スタイルを変容させることよりも、スタイルを研ぎ澄ませ、最初から抱えていた重要なテーマを歌い切ることこそが、今作に込められた意図だ。か細く今にもかき消されてしまいそうな歌声は、しかし執念を帯びるようにしながら、鬼気迫るものになってゆく。
移り気なシーンの中で、表現スタイルを次々にアップデートしてゆくことはとても重要なことだ。しかし、背水の陣を敷くように切迫した孤独を音楽へと紡ぎ上げてきたジェイムス・ブレイクにとって、この美しいエレクトロニック・ソウルは彼の命そのものに他ならない。トレンドの中で、易々と消費されるべきものではない。シーンの流れに抗い、孤独の中で唯一残された自我を守り抜くこと。そんな力づくの普遍性こそが、『ザ・カラー・イン・エニシング』の凄みだ。
彼の自我が最も強く浮かび上がっているのが、フランク・オーシャンやジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)といった、現代の一流ヴォーカリストたちを招いたコラボ曲の数々だというのも興味深い。強烈な自我と自我の交錯の中で、それぞれの歌声を引き立てている。ジェイムス・ブレイクは先頃のビヨンセの最新作『Lemonade』においても秀逸なデュエット曲「Forward」を残していたけれど、最も孤独な魂が、最も重要なコラボレーションを生み出し。最も重要なポップ・ソングを育んでいるということは、皮肉だが無視できない事実だ。(Text:小池宏和)
◎リリース情報
『ザ・カラー・イン・エニシング』
2016/06/24 RELEASE(国内盤)
UICP-1166 2,700円(tax in.)