ギリシャやイタリアの経済危機を経済的な視点から論じている本はいくつも出ている。本書もその類かと思いきや、まったく違った。なにしろ、冒頭に登場するのはギリシャの映画監督、テオ・アンゲロプロスである。
 「いまは未来が見えない。そして誰もが大きな待合室でチェスをしながら、扉が開くのを待っている。(中略)ここ地中海圏が、扉を最初に押し開こうとするだろう」。この高名な映画監督が著者に直接語ったこの言葉の詳細はわからないままだ。著者が「詳しく聞きたい」と質問を託した矢先、彼は交通事故で死んでしまったのだ。
 そこから、「扉を開く」とは何か、を問う著者の旅が始まる。ギリシャ、そしてイタリアで人々と対話し、歴史家や哲学者、社会学者らの言葉に耳を傾け、扉の向こう、すなわち資本主義の先にあるものを探るのだ。
 その問いは、意外にも小津安二郎に着地する。本書には経済的分析やジャーナリズムを超えた深い「人文的思考」があり、読者は、それに身を委ねつつ思索に耽ることになるだろう。

週刊朝日 2013年1月25日号