すると翌日、社長から呼び出され、長い沈黙の末こう言われた。
「あたしが、何で怒っているのかわかる?」
真木さんがわからず、黙っていると、こうまくしたてられた。
「息子が怖がっているのよ。あんたのコップの置き方が乱暴で怖かったと。あんた、まともな給仕もできないの? 元CAとして何を学んでいたの? しょせん、お茶出ししかしてこなかったんでしょ」
真木さんは勇気をもって口を開いた。
「お言葉ですが、社長の息子さんのお世話をするために転職したのではありません」
「ウチは家族主義の会社なのよ。それに息子は、将来のあんたたちのリーダーになる人間よ。周囲が息子をもり立てるべきなのよ。息子がどれだけ傷ついたのか、彼の気持ちがわかっていない」
「家族主義と公私混同とは違うと思います」
「あんたには分からないでしょう。あたしたち一家がこれまでどんなに苦労して会社をここまでにしたのかを。資金繰りなんて心配したことないでしょ。それと、母は若い頃から近所の主婦に料理を教えていて、あなたたちの料理の腕が上がるようにと、母はみそ汁のつくり方を教えてあげてるのよ。むしろ言うべきは『ありがとうございます』じゃないの?」
■社員の不幸の上に成り立つ経営
そう言われて、真木さんは気づいた。社長がしきりに口にする「ヒトの気持ち」とは、社長である自分や社長一族の気持ちのことを言っているのだと。
「社長のこれまでのご苦労はお察しいたします。でも、店舗に派遣され孤独とお客さまからの接客の矢面に立っている社員の気持ち、雑用を命じられている社員の気持ちも察してあげてください」
「だからお給料をあげてるんじゃないの。連中も嫌なら辞めればいいのよ。それに田舎娘の販売員に変な知恵を授けないでちょうだい。ここは大企業とは違うのよ。あなたみたいに、どうせ合コン三昧で遊びほうけてきた人に何がわかるというの」
社長との話はずっと平行線で、物別れに終わった。