「本読みっていうのは、本来は稽古初日にやることなんです。僕の場合、稽古場での本読みだけでも恥ずかしいし照れくさいのに、それをショーとしてお客様の前で見せるのは、なんて残酷で、なんて面白そうなんだ、と(笑)。実際にやらせていただいたとき、失敗したら岩井さんが全部責任を取ってくださる気概でいらしたので、ミスや失敗を恐れていた自分を恥じました。漢字を読み間違えてバカだなと思われたくないとか、足を引っ張りたくないとか、いろんな気負いがあったのが、途中から、『ままよ!』って思えた。ルール重視の僕としては、すごく新鮮な感覚でした」
そんな体験を経たのち、藤井さんは岩井さんの傑作の一つとされる舞台に呼ばれることに。
「本当、わからないことだらけですが、若い頃だったらもっと落ち込んだと思います。今は、うまくいかないことが続いても、図々しくいられる年齢になったから(笑)」
テレビ、映画のみならず、舞台にもコンスタントに出演する俳優の顔、音楽をリリースする歌手としての顔、司会者の顔、芸人の顔……。マルチタレントとして、こんなに好感度の高い人も珍しい。やりたい仕事に優先順位はないのだろうか?
「最初に立った舞台が吉本新喜劇で、稽古をした次の日に本番を迎えて、公演中にテレビ収録があったり、すごく特殊な作り方をしているんです。そのときに諸先輩方から教えていただいたことは、ギャグとかアドリブはもとより、最終的にはやっぱり『お芝居をちゃんとしなさい』ということでした。新喜劇には、元俳優さんもいれば、元漫才師でコンビ別れして入ってきた方、新劇出身の方とか、ルーツはそれぞれさまざまでも、共通項はみんな“お芝居”。20代の頃に諸先輩方から徹底的にたたき込まれたのは、お芝居でした」
すべての表現のベースに芝居があるから、いろんなジャンルに手を出している感覚はない。
「ただ、いちばん好きなのは『オンステージ』だと断言できます。コロナ禍で、無観客の劇場で配信のために行ったステージがとてもしんどかったです。厳しいお客さまの前で、つまんないことしてしまったときの空気なんか、『もう取り返しがつかない』と思って本当に落ち込むけど、面白いことをすれば、拍手とか笑い声とかのご褒美をくださる。それに、今日は舞台の取材なので、『何が好きですか?』って聞かれたら、そりゃあ『舞台です』って答えますよ(笑)。テレビ番組の取材だったら、『テレビ』って言います。実際、その瞬間その瞬間で、そのときに自分が取り組んでいるものをすごく好きになれるタイプで、そこが僕の薄情なところなんですが(苦笑)」
(菊地陽子 構成/長沢明)
※週刊朝日 2023年3月10日号より抜粋
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