中高一貫の進学校に通っていた高校時代のヒャダインさん(写真=本人提供)

 せめて学生時代にしかできない体験をしようと、夏休みの2週間をニューヨークで過ごした。毎日ミュージカルをみて、明日には日本に帰るという朝、テレビに世界貿易センタービルの黒煙が映し出された。あわてて外に飛び出すと、2機目の飛行機が突入するのが見えた。舞台の格安チケットを買うために、毎日並んでいたビルだった。

 「自分は生かされたと思いました。帰国便が飛ぶまでの1週間、生かされた自分はどう生きるのかを真剣に考えたんです」

 浮かんだ答えは一つだった。

 「好きなことをして、名をあげたいと思ったんです。好きなことって? 音楽だ。歌は下手だから、作曲して生きていこうと、このとき決意しました」

 帰国後は作曲の学校に週1回通いながら、卒業単位の取得を目指した。1年生に交じって語学の授業も受けた。卒論のテーマは「専業主婦の自己実現について」。主婦らに話を聞き、統計資料と比較してまとめた。

 「本当に大変でした。いまだに『ヤバイ、留年する!』っていう夢を見るんですよ」

 卒業後、あの日の決意は現実となり、名曲を世に送り出している。とくにアイドルの魅力を輝かせる歌には定評がある。

「人間観察をしながら曲をつくるんです。ファンが求めているものと、アイドル個人が持つ輝き、統計資料などを分析して曲の方向性を決めます。考えてみると、これは総合人間学部で習った手法ですね。いまも役に立っています」 

 だからこそ、後悔していることがあると言う。

「自分がプロとして仕事していると、プロの言葉がいかに貴重か思い知ります。大学の先生は知識に関するプロ。その言葉を間近で聞けたはずのあの時代、ぼくは自らその権利を捨てた。もったいないことをしました」

 本当の大人になったから、わかることがある。距離を置きがちだった京都の街も、いまは心から好きだと言える。 

ひゃだいん/1980年大阪府出身。京都大学総合人間学部卒業。本名の前山田健一として「ももいろクローバー(現ももいろクローバーZ)」のメジャーデビュー曲「行くぜっ!怪盗少女」など多くの楽曲を制作。タレントとしてもテレビ、ラジオで活躍中。 

(文/神 素子)

※「国公立大学 by AERA2023」から転載

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