経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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5G。これがやたらと取り沙汰され、もてはやされる。第5世代移動通信システム。この場合、GはジェネレーションのGである。だが、経済の世界にも実は5Gがある。筆者はそう思う。筆者だけかもしれない。この場合の5Gは五つのGだ。グローバル(global)・ガバメント(government)・ガバナンス(governance)・ギグワーカー(gigworker)・ジャーマニー(Germany)の五つのGである。いずれも、今、危うい状況に当面している。五つのGの危機だ。
グローバル化は、帰らざる川。誰もがそう思っていた。ところが、そうではないかもしれない。グローバル化は逆流する川なのか。地球津々浦々における一国主義者たちの出現で、この疑問が浮上している。グローバル化には破壊的な力学も伴う。だが、歴史が対立と分断の時代に向かって逆流するのは絶対にまずい。
国々の政府すなわちガバメントも、危機の渦中にある。財政危機。機能不全の危機。ポピュリズムの影がもたらす危機。政府は一体何のためにあるのか。その存在意義が問われ始めた。
日本では、企業のガバナンスすなわち統治体制も危険な軌道をさまよっている。何しろ、政策が「攻めろ!稼げ!儲けろ!」と企業経営をあおりたて続けている。「攻めガバナンス」などという定義矛盾表現が飛び出して、企業家たちから魂を抜き取っていく。儲かってはいても、魂を抜かれた無魂企業はしょせんはゾンビ企業だ。
ギグワーカーはフリーランス方式で仕事をする人々だ。彼らを時代逆行的搾取の魔の手から守らなければいけない。このことが多くの国々において課題になっている。
ドイツは政治危機が色濃い。長年、ドイツそして世界の政治秩序の守護神だったメルケル首相が、急速に神通力を失っている。それを待っていたかのように、極右政治が人々の不安感を食い物にして筋力アップしてきている。メルケル氏のバランス感覚と制御力を欠くことで、グローバルのGの危機も深まる。
技術の世界の5Gも、使われようによっては、経済の世界の五つのGの危機の深化に一役買うことになってしまうかもしれない。今、二つの5Gにご用心。
※AERA 2019年12月16日号