元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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お国の方針にも世間の空気にも逆らいキャッシュレス社会に一人抵抗を続ける私であるが、最近、その新たな利点に気づいてしまった。
きっかけは当コラムにしょっちゅう登場する近所の豆腐屋さん。キャッシュレスどころかレジもない我が心の同志。で、ある日ふと「お釣りが100円少ないんじゃ……」と思っておばちゃんと一緒に計算したらちゃんと合ってた(汗)。おばちゃん実に親切で、それからは声に出して計算してくれるようになった。となると私も頭の中で計算する。油揚げ(80円)2枚と厚揚げ(130円)1枚で500円玉を出したらお釣りはいくら? パッと計算するとなると案外まごつく。グッと脳に力を込めている私がいる。それだけじゃない。財布から小銭を取り出す作業にもモタついているじゃないの。視力と指先の感覚が衰えているのであろう。
というわけで最近は、何気ないお金の支払いも真剣勝負となった。「慌てるな」「集中!」と心で唱えて一生懸命。情けないったらありゃしない。だがサビ付いたものを動かさなければ間違いなくますます動かなくなる。使わぬものは衰える。それは永遠の真理である。
……いやー、危ないところだったよ!
もし私がキャッシュレス生活を送っていたら。サビつきに気づかぬままサビは増殖し、我が脳と体のある部分はすっかり機能を止めていたにちがいない。思えばこれはキャッシュレスに限ったことではない。「便利」とはすなわち自分でやらなくてよいということだ。便利に浸っていると自分自身はどんどん退化していく。特にある年齢を過ぎればそれは危険な行為である。ピンピンコロリを望むなら便利を遠ざけねばならない。
ということで、本日もレジで後ろの人の視線を気にしつつ懸命に小銭を数えている私。で、ふと気づけばそんな人が他にもいるではないか。長い行列の先を見ると、財布を開いてまごまご支払いをしているお年寄りが。我が仲間である。頑張れ頑張れと心の中でエールを送る。
※AERA 2019年6月3日号