月額1万円を超える厚生年金保険料を負担しても、増える年金額は月額4千~5千円といったところ。支払った保険料分の元を取ろうと思うと、18年近く年金を受給しなければならない計算になる。70歳から18年近くということは、88歳近くまで生きないと、65歳以降に追加負担した厚生年金保険料の元は取れないわけだ。
では、70歳以降も厚生年金保険料を負担する制度が始まったらどうなるのか。
現在の厚生年金保険料率や年金額の計算方法が変わらなかった場合、70歳から5年間保険料を負担した人が75歳から受け取る年金の増額分も、同様に18年近く受け取らないと元が取れない計算になる。
ということは、損益分岐点は93歳近くである。2017年の簡易生命表(厚生労働省)によると、75歳の平均余命は男性で12.18、女性で15.79。いずれも93歳にはとどかない。もちろん、75歳まで元気に働けた人なら、93歳までも生きられるのかもしれないが……。ただ、菱田さんはこう指摘する。
「公的年金は、世代間扶養の仕組みの社会保険ですし、障害に対する保障や死亡(遺族)に対する保障もありますので、一概に保険料負担と受取年金額のみで損得を考えるのはよくないでしょう」
確かに、健康保険料や介護保険料、雇用保険料などは、病気になったり要介護状態になったり失業したりしなければ、保険給付の恩恵は受けられない。掛け捨てタイプの保険と同じである。一方、公的年金は、障害、死亡、老齢を保障しており、特に老齢年金は一生涯の保障となっている。保険だと考えれば民間の生命保険よりは有利なのかもしれない。
とはいえ、70歳以上になっても保険料を納め続けた結果増える年金の額が、同世代ですでに年金を受け取っている人もいる65歳以上が負担する厚生年金保険料よりも少ないというのでは、心情的には制度変更に納得がいかないという人も多いのではないだろうか。
「負担だけに目を向けるのではなく、70歳過ぎまで働ける人は年金開始の繰り下げによる増額を上手に利用しましょう。また、会社員ではなく自営業(個人事業主)になれば、年金の増額はありませんが、保険料負担もありません」
老後は、年金の受け取り方だけでなく、働き方もいろいろと検討したほうがよさそうだ。(マネーライター・西田正人)
※AERA 2019年6月3日号より抜粋