批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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出版・IT大手のカドカワの川上量生社長が退任した。ニコニコ動画(ニコ動)で知られるドワンゴが、出版社であるKADOKAWAの子会社になることも発表された。
カドカワは、KADOKAWA(旧角川書店)とドワンゴが5年前に経営統合したときに作られた親会社で、川上氏はドワンゴの創業者である。したがってこの発表は、対等合併の前提が崩れ、ドワンゴが旧角川書店に呑み込まれたことを意味している。つまりITが出版に負けたのである。
ニコ動は2006年に開設された動画共有サービスで、ゼロ年代後半のポップカルチャーの牽引役となった。日本独自の大衆文化は、いまやクールジャパンと呼ばれ世界的な注目を浴びているが、そのなかには「初音ミク」を筆頭にニコ動発のものが少なくない。
けれどもその成功もこの数年は陰りが出ていた。現在の動画共有サービスは、YouTubeをはじめとする海外企業に加え、SHOWROOMのような新興勢力も参入し、きわめて競争が激しい。そのなかでドワンゴは、競合他社を意識するあまりに方向性を見失い、古くからのユーザーの離反を招くという悪循環に陥っていた。ニコ動の有料会員数は16年をピークに急減し、最近は悪い評判が目立っていた。今回の組織再編は直接にはスマホゲーム開発の失敗によるものだが、似た結末は多くのユーザーが予感していたのではないかと思う。
ぼくはこのニュースにたいへん残念な思いを抱いている。ニコ動は世界に類例のないサービスである。その文化的功績はきわめて大きく、独自の設計が生み出したコミュニケーションは政治的可能性すら感じさせた。ぼくはそれについて本まで書いたことがあるが、似た期待を寄せた同世代は多かったはずだ。けれども、その期待は育つことがなかった。新体制でのニコ動の位置付けは不透明だが、復活にはかなりのアクロバットが必要だろう。
川上氏はしばらく実業を退くという。最近は政治的発言や行政への働きかけが目立っていた氏だが、もういちどエンジニアの原点に戻り、夢を見せてもらいたいと願っている。
※AERA 2019年3月4日号