「最初は、被爆体験もなく、語れることはありませんとお断りしました。でも3世だからこそ伝わるものがあるのでは、と言われ引き受けました」

 山口さんの体験が稀有なだけに関心も高い。しかし中には「被爆体験がないので気持ちが伝わらない」「あなたが来て何を話すの」という反応もあった。それでも、多くの人たちから求められ、祖父の体験を語り継ぐのが自分の使命という気持ちになっていったという。そんな原田さんを傍らで見てきた4世の晋之介君(12)も、紙芝居を使って人前で話をするようになった。

「自分にとっていい経験になるかなと思ったから。(小学)1年生の時、平和学習があり、お母さんがやっていることはいいことなんだと感じました」

●「その時」のことを絵にする大なり小なりの「追体験」

 被爆を体験していない人が、どのように継承すればいいのか。立教大学社会学部の小倉康嗣准教授(49)は、個人の人生の全体性に接近する「ライフストーリー」という観点から、継承の可能性を提示している。継続的に研究している事例がある。広島市立基町高校の高校生たちだ。同高では07年から、生徒たちが被爆者の話を聞いて絵を描く取り組みを続けている。PC画像で、何枚か見せてもらったが、「凄み」に圧倒された。生徒たちは被爆者に半年から1年間ほどかけて、何度でも会う。「その時」のことを絵にするためには、詳細を聞く必要があるからだ。小倉准教授は、半年間生徒たちに伴走してインタビューを重ね、「非被爆者にとっての<原爆という経験>」という論文にまとめた。そこには、一人の被爆者と向き合うことが、どれほど重い体験なのか、次のように記述されている。

<被爆者の気持ちになって考え、自らの作画意識を相対化しながら描いていかなければならない。しかもそこで描くのは、想像を絶するつらい体験である。何度も筆が止まり、描き直し、夜うなされながら、泣きながら描いたという高校生もいる>

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