浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
政府の働き方改革は、『働く方々』のための改革ではない(※写真はイメージ)
経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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政府の「働き方改革」構想をめぐる国会論戦が、面白い展開になってきた。
裁量労働制の効用を語ろうとして、安倍首相が答弁に使った材料が、まるで比較検討の対象にならない数値を比較していた。厚生労働省の単純ミスだというのが政府側の釈明らしい。だが、あんな複雑な間違いを単純に犯すということは、なかなかできない芸当だと思う。この点についてもご一緒に考えたいが、ひとまずそれはさておき、もう一つ、この問題との絡みでビックリすることがあった。
それは、菅義偉官房長官の記者会見時の発言の中に出てきた。2月19日の会見である。裁量労働制に関する実態把握のやり直し要請に、どう対応するか。この質問に答える中で、あれこれ言い訳をした後、彼は次のように言っていた。「さらに、働き方改革は長年にわたって議論をされながら、結論が得られなかった。(中略)働く方々にとっても極めて重要な改革であると考えており、その実現に向けて全力で取り組んでまいりたいというふうに思います」
この官房長官発言を筆者はテレビのニュースで聞いた。そこで「えっ」と思った。空耳だといけないので、念のため、首相官邸ホームページで発言内容を確認した。空耳ではなかった。
何が「えっ」なのかというと、それは、働き方改革が「働く方々にとっても」極めて重要な改革だと考えているというくだりだ。「も」とはどういうことか。誰それ「も」という言い方をするのは、そもそも、この誰それ以外の他に誰かがいる場合だ。そして「も」という扱いを受けるのは、基本的に副次的な位置づけにある存在だ。本命ではない。
この人のためにこれをやる。だが、これはそっちの人のためにも役に立つ。便乗できる「そっちの人」はせいぜいありがたく思え。そんな語感が、「働く方々にとっても」から漂ってくる。
実際にそうなのだろう。政府の働き方改革は、「働く方々」のための改革ではない。労働生産性を上げるための工作だ。だから、「も」という「ことのついで」的な言い方がポロリと出てしまう。物言えば唇寒しとは、まさしくこのことだ。官房長官「も」、どうぞご注意を。
※AERA 2018年3月5日号