政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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日米首脳会談では経済や安全保障で一定の合意が得られ、安倍政権は胸をなで下ろしたことでしょう。ただし、今後は大きなツケがあるかもしれません。
懸念される材料は三つあります。まず一つは、日米首脳会談の直前の米中首脳による電話会談で「一つの中国」政策を米国側が尊重したことです。マティス国防長官が最初の訪問先に選んだのが韓国、次いで日本でした。中国としては相当な巻き返しを水面下でやっていたのかもしれません。結果として、米国側は日米首脳会談の前に中国に安心材料を出したわけです。このことは、中国側から米国が相当なものを引き出した結果と考えられます。おそらく、安全保障と経済とのトレードオフの取引が成立したか、それに近いやり取りがあったと推測されます。
そしてもう一つ。日米の間の自由で公正な貿易関係というのは額面だけで見るといいことのようですが、日米FTAを持ち掛けられる可能性があります。日本の自動車産業をお目こぼししてもらうために、畜産、農作などの1次産業が相当な譲歩を迫られるとしたら……。自由かつ公正な貿易、ここをのんでしまうとTPPより過酷な条件が突きつけられかねません。
最後の一つは、防衛力の増強です。これは日本側も望んでいたことですが、沖縄への一方的な負担は計り知れません。また、トランプ政権はISの掃討作戦に乗り出す可能性があります。後方支援で日本にどれだけのツケが回されるのか懸念されます。
トランプ大統領を見る限り、安倍首相と個人的な関係を築いたから日本に特別に配慮すると考えるのは禁物です。彼にとって取引材料で自分に都合のいい人間だけにフレンドリーとなるのです。
冷静に考えるとトランプ大統領は何一つ変えていないし、具体的に動いているわけではありません。ただツイッターで喋りまくっているだけです。動いたのは中国と日本です。アジア外交の不在で、米国側にとって「漁夫の利」のような関係になってしまっています。ゴルフ外交をやったからといって日米が友好関係になったと国民が喜んでいるとしたら、メディアの責任は大きいと思います。
※AERA 2017年3月6日号