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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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『共産党宣言』は「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。共産主義という妖怪が」という一文から始まりますが、今の欧米もまた、一匹のポピュリズムという妖怪が徘徊しているようです。これまで先進国の民主主義社会では、ポピュリズム現象が出現してもマジョリティーを制して政権を掌握することはありえないとみなされていました。今年、ヨーロッパでは国政選挙が続くことも後押しとなり、ドミノ倒しのように先進諸国にポピュリズムが広がりそうです。先進諸国にポピュリズムを生んだ要因は経済的な問題だけではありません。政治的に議会制民主主義やリベラルデモクラシー制度が機能不全に陥り、「自分たちは代表されていない」という憤懣や、難民や移民、外国人さらに人種・民族的少数派たちによって自分たちの支配的な文化が蔑ろにされているという危機感がバネになっています。

 今から振り返ると、歴史修正主義はその前段階だったのではないでしょうか。欧米には日本ほど歴史修正主義的なものは出ていませんが人種差別や移民問題などを見る限りかなり偏っています。フランスもイギリスも移民なしには戦後の経済的繁栄はありえなかったのに、移民の子孫に対する差別や敵愾心(てきがいしん)はより強くなっているようです。そこには事実を歪めるデマゴギー的なものが威力を発揮しています。「ポスト・トゥルース」(脱真実)が定評のあるオックスフォード英語辞典が選ぶ「今年の単語」としても話題になるほど、真実と虚偽との境が曖昧になり、検証不可能な事柄が疑うべからざる真実として受け入れられるようになっているのです。この点で真偽の定かではないことをツイートすることで、世界を翻弄しつつあるトランプ米新大統領は、デマゴーグ的なポピュリストとも捉えられるでしょう。

 低次元の反知性主義が真骨頂であるポピュリズムには原則も明確な思想や世界観もありません。しかし低次元だからこそ強く、どう転ぶか分からないからこそ期待値は跳ね上がるわけです。ただし、場当たり的であるが故に袋小路に迷い込む可能性も強い。こうした意味からも私たちはタガが外れたような不確実の時代を生きているのです。

AERA 2017年1月23日号