オリンピックを来年に控えるリオにとって、治安の改善は火急の課題だ。暴力や犯罪が蔓延していたスラムから、新しい取り組みが始まった。
ブラジル・リオデジャネイロで、4年ぶりに訪ねたファベーラ・サンタマルタ。迷路のような路地を歩くと、以前は見ることのなかった人たちの姿に何度も出会うのに驚かされた。カメラを手に散策する観光客である。「ファベーラ」は、ブラジルでスラムを指す言葉。リオでは街なかに点在する岩山の斜面を不法占拠してファベーラが広がるさまが景観の一部となっている。サンタマルタもそのひとつだ。
市内のファベーラは850カ所を数え、総住民数は市の人口の2割におよぶ。多くのファベーラに麻薬密売組織の拠点が存在し、軍警察との間で銃撃戦がしばしば起きてきた。
「サンタマルタは平和だね。先入観がくつがえされたよ」
チリからの旅行者が、写真を撮りながら興奮気味に言った。
「ファベーラは危ない所だと思っていた」と、皆が口々に語る。住民が営む商店でおやつを買い食いしたり、あとをついてくる子どもたちと遊んだり。庶民的で気さくなファベーラの人たちの暮らしの息づかいを肌で感じているようだった。
同行するガイドのジウソン・フマッサさんは、サンタマルタで生まれ育ち、路地を知りつくす人だ。5年前、市観光公社の養成講座を受けて公認ガイドになった。いま、彼を含む住民8人のガイドが案内するリオの「新名所」は、月に2千人もの観光客が訪れるという。
ブラジルでは深刻な格差が、暴力や犯罪を生み出している。サンタマルタもまた、以前は「行ってはいけない」場所だった。筆者は17年前にはじめて訪れて以来、機関銃を手に見張りに立つ麻薬組織の人間を何度も見てきた。バッグからカメラを取り出すのもままならなかった。
住民のほとんどは麻薬組織とは無縁にもかかわらず、軍警察の介入のたびに流れ弾による犠牲者が出た。住民はひとくくりに犯罪者扱いされ、人権は軽視された。「麻薬組織のほうがまだまし」と、警察に憎しみを抱く住民も多かった。
2008年、そんな状況が一変した。リオ州政府が着手した抜本的な麻薬組織撲滅作戦の第1号地にサンタマルタが選ばれ、麻薬組織の一掃に取り組んだ。
UPPサンタマルタ署のマルシオ・ホシャ署長は、ファベーラの治安維持のかぎを「住民との信頼関係」と断言する。
「警察内部に根を張る、武力の行使こそが仕事だという考え方を排して、地道なパトロールと住民とのコミュニケーションによる犯罪抑止に努めたい」
※AERA 2015年5月25日号より抜粋