兜町を去る西広市さん。最も印象深い相場の一つが、リーマン・ショック直後の強烈な下げ。「記者から電話が殺到してトイレに行く暇もなかった」(撮影/慎芝賢)
<br />
兜町を去る西広市さん。最も印象深い相場の一つが、リーマン・ショック直後の強烈な下げ。「記者から電話が殺到してトイレに行く暇もなかった」(撮影/慎芝賢)

 兜町の名物相場解説者がこの秋、引退する。相場史の生き字引は、15年ぶりに2万円台を回復した株式相場をどう見るのか。

「おはようございます。今日の東京市場は2日続伸でございますけども…」

 4月22日午前10時。この日も東京証券取引所そばのビルの一室に、関西なまりの名調子が響いた。SMBC日興証券の投資情報部部長、西広市(ひろいち)さん(64)によるメディア向け相場解説だ。

 キャリア28年。20人余りの記者を前にマイクを握り、ジョークも交えながら相場の方向性を軽妙に読み解いていく。企業業績や世界経済の先行きへの見方が改善しつつある、といった好材料を並べ、こう締めくくった。

「今日の日経平均は2万円台で引ける可能性が非常に高まったと思います。まあ、どうなりますかね」

 この日、終値で15年ぶりに2万円の大台を回復した。

 バブル前夜の1986年に大阪で解説者になった西さん。98年に東京へ異動した直後の1年のブランクを除き、平日は毎日2~3回、計1万7千回の解説動きをつぶさに記録したノートは数十冊に。相場史の生き字引だ。東証内の記者クラブに陣取る経済記者たちへの影響力は抜きん出ている。記事のなかで談話の出所が「大手証券」とされていれば、西さんを指すことも多い。2010年に定年を迎えた後も契約社員として解説を続けてきたが、9月末の任期満了をもって引退する。

「ホッとする部分もあるけど、人間はボケ始めたら終わり。マーケットは見続けていきますよ」

コンピューターではなく人間が株の売買注文をさばいていた時代。注文伝票を手に大阪証券取引所を走り回った。独特の手サインで売買を仲介する「場立ち」も経験。相場が大きく動けば、一刻も早く取引を成立させるため、メガネを吹っ飛ばされながらブースに突進した。マーケットのど真ん中に身を置き、独自の勉強も重ねながら相場観を磨いた。当時の上司がそんな西さんに目を付け、解説者の仕事を命じた。

 西さんは、今の「2万円相場」をどう見ているのか。

「確かに『バブルじゃないか』という見方もある。でも15年前のITバブルの時と違って、今回は企業の業績改善が伴っているのはデータを見れば明らか。割高という感じはありません」

 日米欧がそろって金融緩和を続け、世界中にお金があふれかえっている。欧州や中国の景気の先行きへの不安も後退している。日本の株価は年末までに2万3000円程度を目指す。その後も、一時的に下がる局面はあるかもしれないが、東京五輪がある20年まで上昇基調は続く。ただ、64年の東京五輪後に株価は落ち込んだ。21年は要注意かな──といった見方だ。

AERA  2015年5月4日―11日合併号より抜粋