築80年の長屋→キアズマ珈琲配線跡が露出したむき出しの天井。木の節目やシミも“店の景色”だ(撮影/今村拓馬)
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築80年の長屋→キアズマ珈琲
配線跡が露出したむき出しの天井。木の節目やシミも“店の景色”だ(撮影/今村拓馬)
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入り口の引き戸は、昔の手作りガラスを利用。ガラスのゆがみを懐かしそうになでていく人もいる(撮影/今村拓馬)
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入り口の引き戸は、昔の手作りガラスを利用。ガラスのゆがみを懐かしそうになでていく人もいる(撮影/今村拓馬)
昔通りに再生した洋風看板建築が、石畳の並木道になじむ(撮影/今村拓馬)
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昔通りに再生した洋風看板建築が、石畳の並木道になじむ(撮影/今村拓馬)

 古い家屋をリノベーションし、新たな価値を見出す動きが増えている。建物の思い出と新しさが同居する空間は、老若男女にとっての憩いの場となっている。

 都の天然記念物に指定されている豊島区雑司が谷・鬼子母神の並木道。そこに立つ並木ハウスアネックスは、1933年築の長屋。当時は珍しかった洋風看板建築を復元したこの建物には、キアズマ珈琲など5軒が入居している。

 アネックス奥に立つ53年築のアパート、並木ハウスも健在だ。ここは、漫画家の故手塚治虫氏が、54年から57年まで暮らし、漫画を描いていた場所として知られている。

 この家屋を親から相続した砂金(いさご)宏和さん(62)は、並木ハウスアネックスを08年に、並木ハウスを09年に改修。一級建築士の資格を持つ砂金さんが意識したのは、建物保全のための新たなビジネスモデルだ。

「古くて貴重だから残すという建物の文化・歴史的価値か、ビジネスを優先して建て替えるという経済合理性か、という二極の選択ではなく、古い建物も活用法を考えて丁寧にメンテナンスしていけば、収支面から見ても、建て替えるのと遜色がないという事例を示したかった」

 手塚治虫氏の思い出を大切にしたいという思いから、外観は建築当時の姿に復元し、耐震補強やインターネット配線などは、最新機能に更新。昔から住んでいる高齢者を立ち退かせることはできないとの配慮から、住人は暮らしながら改修を行った。

 改修後の物件を見て気に入り、09年にキアズマ珈琲を開業した高安宏昌さん(39)は、古民家カフェのように、古さを強調した店にはしたくないと考え、1階のカウンター周りを黒色、奥の壁面を黄色、2階の一角を赤色にするなど、古い家屋にモダンなデザインを融合させた。

 苦心したのは、「建物の古さを残したい」という砂金さんの強い思いと、設計デザインとの調整だ。2階の床の一部を吹き抜けにする際も、耐震強度を保つため、設置位置やサイズについて何度も検討を重ねた。

「天井をむき出しにしたので、夏は暑く冬は寒い(笑)。だけど、仕上がりには満足している」

 客層は、地元の老若男女。雑司が谷周辺を街歩きする観光客や、近くの音大の学生も訪れる。

AERA 2015年2月9日号より抜粋