青い屋根と白い壁は共通だが、鉄柵や玄関のエンブレムに施されたデザインは全て違う。秀和マニアの中には、デザインの異なる秀和を賃貸で渡り歩く強者もいる(撮影/今祥雄)
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秀和シリーズは全国に131棟あるが、その35%にあたる物件が「渋谷区」「目黒区」「港区」など東京都心の一等地に集中している。マンションの規約で洗濯物をバルコニーに干すことは許されていない。代わりに屋上が開放されているが、通常のマンションに慣れている人にとっては不都合を感じるかもしれない。また物件によってはお風呂が浴槽に隣接して設置されるバランス釜だったり、寝室が畳敷きだったりする物件も。また住民同士の連帯意識が強く、運動会などのイベントを開催する秀和もある(撮影/今祥雄)

 ウロコ模様の白塗り壁に鮮やかなブルーの屋根。レトロなのに、熱狂的ファンを持つマンション・秀和レジデンス。そこには、破天荒な不動産王の思いが込められている。

 秀和レジデンスの生みの親は、後に六本木ヒルズなどを手掛ける森ビル創業者の故・森稔と共に昭和のマンションブームを牽引した「秀和」株式会社の創業社長、故・小林茂だ。

 小林は高度経済成長の時流に乗り、オフィスビル事業で業績を伸ばした。80年代に米国へ進出。ロサンゼルスのランドマーク「アトランティック・リッチフィールド・プラザ」をはじめ、全米3大テレビネットワークのひとつABC放送が所有する「ABCビル」などを買収。自社のコーポレートカードに「アメリカのシンボルと言われているビルが、いまや秀和のシンボル」と刻んだ。

 経営手腕に長(た)けた小林だったが、仕事時間の大半は、ガラス張りの社長室に籠もって設計図面を引くことに没頭した。工業高校時代、建築科に籍を置き、1級建築士の免許を持つ小林が最も愛情を注ぎこんだのが秀和レジデンスだった。当時、小林の部下として、その仕事ぶりを間近で見ていた株式会社ABC店舗取締役・伊藤彰(50)は回想する。

「コバルトブルーの屋根瓦と白い壁というスタイルは同じですが、中身は物件ごとに全く違う。決して安易な規格売りはせず、採算度外視で納得いくまで図面をいじっていました」

 小林は分譲後のマンションの外観美まで気にかけた。本社の屋外にイタリアから取り寄せた色とりどりのタイルを雨ざらしにして、時間と共にどう色褪せ変化するか耐久性を研究した。

「小林の感性は群を抜いていました。アイデアが閃(ひらめ)くと若い設計士らを集めて、まるで図面で遊ぶ子どものように目を輝かせながら議論を戦わせていましたね」(伊藤)

(文中敬称略)

AERA  2014年5月19日号より抜粋

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