「火星に移住」なんてSFの話と思うかもしれないが、技術的にはすでに可能で、問題はコストだという。

 いや、そもそも引っ越し(旅行じゃなくて)したい人がいないでしょ、と思う向きも多いだろう。酸素はほとんどなく、平均気温はマイナス50度以下。荒涼とした土地には、先住民もいない。インターネットも多分使えない。これで「地球には戻れない」と言われたら、誰も行きたがらないはず──。だが現実は、さにあらず。

 オランダのNPOが、「片道切符」で火星に渡る入植者を募ったところ、世界140カ国以上の計20万2586人が手を挙げたというのだ。米国(約4万8千人)からが圧倒的に多く、インド(約2万人)、中国(約1万3千人)、ブラジル(約1万人)が続く。ぐっと減るが、日本からも396人が応募した。

「5歳のときから宇宙飛行士になりたいと思ってきた。地球と全く違う環境で人間はどう生きていけるのか、進んで被験者になりたいと思っています」

 その一人、医学博士の小野綾子さん(30代)はそう話す。

 NPO「マーズ・ワン」の計画では、ロケットなどの技術をもつ企業・団体と提携。10年後、最初の移住者4人を火星に送り込む。居住施設は、事前に地球からの遠隔操作で建てておく。そこから出るときは、宇宙服が欠かせない。生命維持に必要な水や酸素は、地中の氷を溶かして生成する。ソーラーパネルで太陽光エネルギーを活用。屋内で野菜を栽培し、移住直後を除き自給自足する。

 2年ごとに、新たに4人ずつが移住。居住地域を広げ、社会を形成する。コスト削減のため「帰星」の手段は用意せず、移住者は火星に骨を埋める。

「火星はどんなところか、不安より好奇心のほうがうんと勝っている。空間的にも資源面でも、地球の限界はやってくる。人類が生き残るには、新しい場所に突破口を求めるしかありません」

 人工生命を研究する会社の社長、内藤祐介さん(59)は、応募の動機をそう説明する。妻と成人した子ども2人は「反対しませんでした」。

AERA 2013年12月2日号より抜粋