パソコンを開き、数字を打ち込む。パッと変わった画面が、1カ月後の「現実」を告げる。 転職サイト「リクナビNEXT」の編集長、徳野智恵さん(35)は、毎月の広告投資に、ある「魔法の数式」を使う。予算を入力後、パソコンの画面が示すのは、「どの媒体に」「いくら」投資すべきか、そして新たに何人の会員が増えると予想されるか、という数値情報。会員数が売り上げを左右する転職サイトにとって、この数字は将来やってくる「現実」だ。徳野さんは言う。
「数式は、安心感も危機感も与えてくれます」
未来を告げるこの数式をつくったのは、リクルートテクノロジーズが誇るビッグデータグループの統計解析チーム。日本最大級のデータ解析コンペの優勝者など、データサイエンスの専門家がズラリと85人。その一人、シニアプロフェッショナルの西郷彰さん(38)によると、この数式は、ミサイルの弾道計算に使われる「状態空間モデル」をベースにしたという。
膨大なデータを分析し、新たな発見を見いだす。そんなビッグデータの可能性に、多くの企業が挑んでいる。ビッグデータとは、企業の内部や周辺にたまる、文字通り「巨大」なデータのこと。オンラインショップの顧客データ、工場の出荷状況、自社商品についてのツイートなど。時間の経過とともに刻一刻と巨大化するため、その分析や活用のためには今、統計学の知識が欠かせなくなっている。
だが、たとえ最先端の数式であっても、すべてのビジネスに立ち向かえるわけではない。必要なのは数式を個々のビジネスに置き換える力、すなわち社員たちだ。
前述のビッグデータグループも、事業部が培った経験と勘を対話で引き出し、数式に組み込む。例えば、
「そういえば、正月明けには転職希望者が増えるんだよ」
「なんで?」
「帰省したときに、家族からプレッシャーをかけられるのかな」
「あと、オリンピック中は転職活動が停滞する」
「なるほど、夢中になるものがあると、転職には頭が回らないのかもね」
といった具合だ。転職希望者がいつ転職の意向を高め、サイトにどうアクセスするのか。数式に組み込む「変数」は、現場にある。前出の西郷さんは話す。
「いい数式には、いい変数が必要なんです」
※AERA 2013年7月22日号