携帯電話は確かに便利、だが情報鎖国を続けたい当局には「諸刃の剣」。そこで始めたのが何とも奇妙、かつ「かの国らしい」やり方のようで…。

 男が携帯電話で怒鳴るようにまくしたてていた。場所は北朝鮮、目撃したのはたまたま日本から訪朝中のビジネスマン。今年に入ってのことである。

「一体これは何なんだ?」

 わけが分からなかった。携帯が北朝鮮で使われていたことに驚いたのではない。かの国での携帯利用者の急増ぶりはかねて伝えられている。不思議だったのは、話している相手の声まで、まるで拡声機でも付けたかのように大音量で聞こえていたことだった。

 携帯の「スピーカーホン機能」、つまり携帯に耳を当てなくても相手の声が外部にオープンで聞こえる設定になっているのだな、と彼は思った。

 別の場所でも、似たような携帯を間近で目にした。相手の声が周囲に聞こえるほどの音量だった。声に混じり、キーキーという金属音が数十秒ごとに鳴るのが気になった。そんな携帯のありさまを周囲の誰も奇妙と思わないようだった。

「ひょっとして」

 ビジネスマンは思った。

「これって、携帯による情報拡散を防ぐため当局が導入した新手の規制策ではないか?」

 通話内容が周囲にダダ漏れなら、体制批判や秘密の話を携帯で口にする人間などいない。密告される怖さを北の人間は思い知っている。となれば、携帯で話すのは家族間の連絡事項、商売といった「政治的に当たり障りのない話」だけになる。当局は携帯普及を認めつつ、同時に「好ましくない情報」が携帯で広まるのを防ぎたいのだ…。

 北の携帯事業は2002年にタイの通信会社の手で始まった。しかし、2004年に当時の金正日(キムジョンイル)総書記の乗った特別列車が中国との国境近くの駅を通過した後に爆発事故が起きたことから、「携帯を利用した暗殺未遂の疑いあり」と全面禁止された。

 本格的に再開されたのは08年。エジプトの大手通信会社オラスコム・テレコムと北朝鮮政府の合弁会社が独占営業している。申し込みに約100ドルかかるが、通話料が安く利用者が急増、金正恩(キムジョンウン)体制のいまも増え続けているようだ。

 スピーカーホン設定とみられる携帯がどの程度広がっているかはわからない。当局者が使っていたのはごく普通の携帯だった。しかし、

「この種の携帯が情報統制狙いで本格的に出回っているなら、それはいかにも当局のやりそうなことだ。発想自体が北朝鮮的だから」(ビジネスマン)

AERA  2013年7月8日号