人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の本誌連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「ヘルベルト・フォン・カラヤン」。
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日曜日のNHK Eテレの午後九時からは、私にとって必見必聴である。というのはクラシック音楽館という番組で、九時~十一時までクラシック音楽を堪能出来る。N響首席指揮者をはじめ、ウィーンフィル、ベルリンフィルの名演奏を聞ける唯一の時間である。
十二月十五日は、モーツァルトのレクイエムなどの後、クラシック倶楽部は没後30年のカラヤン指揮のベルリンフィルによるベートーヴェンの「運命」の一部の演奏であった。しかも一九五七年のものだというから脂の乗り切った時期である。一九五四年に初来日し、一九五九年にウィーンフィルを率いて世界をまわる途中、日本でも演奏会を開いた。
当時私は大学を出てNHKにアナウンサーとして入局、すぐ名古屋に転勤していた。一年先輩の野際陽子さん(女優)がすでに赴任していて、女性アナは二人、カラヤンの演奏会が鶴舞の公会堂で開かれることは知っていたが、仕事としてその前説は野際さんがやることに決まっていた。
私の仕事ではなかったがプロデューサーに頼み込んで楽屋で聞かせてもらうことにした。
NHKに居て一番ありがたかったのが、大好きなクラシックの名演奏を仕事で、あるいは録音室にまぎれ込んでタダで聞けることだった。
イタリアオペラの来日時、幻のテナーといわれるマリオ・デル・モナコの「道化師」やジュリエッタ・シミオナートの「アイーダ」のアムネリスをナマで聞くことが出来たばかりか、ゲネプロから立ち会い、幕間では藤原義江さんにインタビューした。「モナコは歌はもちろんだが脚がいい。オペラ歌手は脚がきれいでなくちゃ」の言葉を忘れない。
舞台の傍で演奏を終えたカラヤンを拍手で迎えた。演奏中は彼の端正な顔をうっとり見続けていた。陶酔した表情で棒を小刻みに振ったかと思うと高く大きく振りあげる全てを包み込む腕、それが実に正確なのだ。