延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
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坂本龍一(右)と忌野清志郎 (c)朝日新聞社
坂本龍一(右)と忌野清志郎 (c)朝日新聞社

 TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は数々の名曲を生んだ「音響ハウス」について。

【写真】異色のコラボが話題となった忌野清志郎と坂本龍一

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「マッスル・ショールズ・スタジオ」の歴史を教えてくれたのは松任谷正隆さんだ。アメリカ・アラバマ州のマッスル・ショールズにあるレコーディングスタジオである。60年代~70年代に多くの名曲を生みだし、サザンソウルのみならず、ザ・ローリング・ストーンズやトラフィックといったロック畑もここを使うようになった。

 そんな音楽の殿堂のようなスタジオは日本にもある。「音響ハウス」だ。先日、そのスタジオのドキュメンタリー『Melody‐Go-Round ONKIO HAUS Recording Days』を観た。

 1974年12月に東京・銀座に誕生した音響ハウスが今年45周年を迎えた。

 松任谷正隆、松任谷由実をはじめ、大滝詠一、矢野顕子、佐野元春、高橋幸宏、佐橋佳幸、葉加瀬太郎、大貫妙子ら多くのアーティストがレコーディングに臨み、時代を刻むベストセラーを生んできた。

 教授こと坂本龍一さんは、なんと1年間このスタジオを借り切った。

 スタジオは音楽の生まれたストーリーを知っている。誰もが知っている名曲の誰もが知らないストーリー。音楽の天使たちの才能が触発しあい、作品の生まれる奇跡の瞬間。ドキュメンタリーに登場するのはアーティストにとどまらない。傑作の誕生を支えてきたプロデューサーやエンジニアたちの秘話もふんだんにある。

 資生堂に口紅のキャンペーンソングの相談をされたプロデューサーが忌野清志郎と坂本龍一のコラボレーションを提案したことで生まれたのが、1982年リリースの『い・け・な・いルージュマジック』である。

 資生堂指定のタイトルは『すてきなルージュマジック』だった。それを清志郎と教授が独断で『い・け・な・いルージュマジック』に。俺たちはこのタイトルでなければ出したくないと訴え、プロデューサーがクライアントを必死に説得、時代に残る大ヒットとなった。

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