僕は絵を描くのが飽きたといえば、セトウチさんは描きたいとおっしゃる。趣味でやっている分には天国気分ですが、プロになると地獄です。地獄は死んでから行くとこなので、せめて生きている間は天国気分を味わうために、今度は趣味宣言です。宣言趣味の僕は今までに、死亡宣言、休業宣言、画家宣言、隠居宣言、今度は日曜画家宣言でもしますかね。

 画家は長寿の人が多いです。作家で97歳まで来られたんだから、この辺で作家廃業宣言をして日曜画家転向宣言をして下さい。すると97歳にさらに画家年齢が加算されますから物凄いことになりますよ。皆様はセトウチさんの画才が如何に素人離れしているか知らないでしょう。普通は草花を描く時は花の頭頂部から描くのが常識なのにセトウチさんは草花の根っ子の先から、上へ上へと草が成長するように描いていくんです。だから茎(くき)の部分が長過ぎて、もう一枚紙を上につぎたすんです。もし竹など根から描き始めると大変なことになります。現代美術のコンセプチュアルアーティストの仲間に迎え入れられます。まあ、これはウソですけどね。セトウチさん、絵はいいでしょう? 文学みたいに頭で考えなくて、いいでしょ。頭のいい人が世の中に多過ぎます。ホナ、サイナラ。

 と、ここまでで予定枚数が終ったと思ったらまだ400字残っていました。さて、何を書きましょう。この往復書簡の連載が始まって以来、一度も電話で話していませんね。多分話しても、僕の耳はかなり重篤ですので、セトウチさんの言葉の意味が伝わらないと思います。また話が通じて何かが話題になってしまうとこの書簡に書くことが失(な)くなってしまうので、肉声は聴きたいけれど聴かない、その方が、つもり話が一気にドッと出ていいのかなとも思います。

 昔は数えで年齢を伝えていたので、セトウチさんは現在数えで99歳でしょう。僕は85歳です。100歳も格好いいけれど99歳も、100歳に手が届く瞬間で水泳の選手の壁にタッチするあの何ともいえない感動と興奮があります。すると、オリンピックの年にセトウチさんは100歳。今の人は昔の風習を知りません。旧正月も旧盆もなくなっています、では。

週刊朝日  2019年9月20日号

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