大場さんがDVDを差し上げると、次の調髪の際に、こう感想を漏らした。
「なかなかいい作品でしたね。大変感動しました」
黒澤作品は、弱さや欲望、といった人間の根源を描く映画だ。「007」のようなエンターテインメント映画も楽しむ一方で、「神田川」のように、哀愁を秘めた恋愛歌のフォークソングや演歌にも共鳴する。
そんな豊かな感性を持つのが、徳仁新天皇だ。
74年、美智子さまは自身の誕生日の会見で、14歳の浩宮さまについて、こう語っている。
「私一人の感じで言えば、浩宮の人柄の中に、私でも習いたいというような美しいものを見いだしています」
大場さんは、徳仁皇太子の御理髪掛を務めていたときの心境をこう振り返る。
「私たちが全身全霊でお仕えしていることを理解なさったあとは、100%の信頼を置いて、こちらを信じて任せてくださる。だからこそ、わずかでも気を抜くことができなかった」
09年の夏、東宮御所の改修も終わった。徳仁皇太子がサロンを訪れるのも、あと数回になった。エレベーター前でお迎えし、サロンまで案内する間、古中さんは、さみしさがこみあげてこう声をかけた。
「近くて遠いですね」
すると、
「走ったら、たった5分ですからね」
徳仁皇太子は、笑って答えた。元赤坂2丁目の東宮御所からサロンまで、いつもの車であれば、ほんの2、3分の距離。ジョギング好きの徳仁皇太子らしい、ユーモアのある言葉だった。(本誌・永井貴子)
※週刊朝日 2019年7月26日号