もし、あのとき、別の選択をしていたなら。著名人が岐路に立ち返る「もう一つの自分史」。今回はMr.マリックさんが登場。その名を聞くだけで、「きてます!」「ハンドパワー」といった言葉を思い浮かべる人も多いでしょう。エンターテイナーとしての出発点は、中学生のときの「魔法使い」との出会いでした。
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中学2年のときに転校生が来たんです。で、隣の席に座った。その子は授業中、机の下で学生帽を膝に置いてコソコソやっている。「何してるの」と聞くと「秘密」って。
写生大会で川に行ったとき、その子が河原の石を拾って、手の中でパッと消したんです。その石を「見ててごらん」と川に投げたと思ったら、空中でパッと消えた。なんだこの子は、と思った。魔法使いが転校してきた!ってね。
――彼の家に行くと、手品グッズだらけ。マジシャン一家だったのだ。
彼とお父さんは名古屋のマジックサークルに所属するプロ級のマジシャンだったんです。その子に助手のようにくっついて、マジックを教わるようになりました。
もともと引っ込み思案で、人前で何かをできる子じゃなかった。参観日でも手をあげなくて親に怒られるくらいでね。でもマジックを見せると、みんながすごく驚いて笑うのが心地よかったんです。
――高校生になると毎週末、一人で名古屋のデパートに行き、手品グッズの実演販売を見つめ続けた。
見て覚え、とにかく練習しました。難しかったのはトランプやコインを操る方法です。自分の指先だけでやらなければいけないですから。
うちの親父は家で洋服の仕立てをするテイラーでした。後から「手先が器用だね」と言われると、ああ親父がそうだったからなぁって思います。あと、子どものときの出会いが大きいですね。マジシャンは指がしなやかで皮膚が柔らかいうちにやらないとダメなんです。20歳を過ぎてからでは難しい。
――でもマジシャンで食べていけるとは思わなかった。高校を卒業し、ガス器具メーカーに就職。土日には変わらず手品グッズの実演販売を見に行く日々。そんなとき、「この仕事をしてみないか」と誘われた。