
歴史的な録音から50年、日本を代表するピアニストが勢揃い
PIANIST~Waltz for Bill Evans
ピアノ・トリオのライヴ名盤として、ジャズ・ファンにとどまらず広く支持されてきたビル・エヴァンス『ワルツ・フォー・デビイ』。1961年6月の歴史的な録音から50年を迎えたことにちなんで、企画・制作されたアルバムである。マイルス・デイヴィスのようなビッグ・ネームが節目の年に近づくと、レコード会社、音楽誌、ラジオ番組が当該アーティストの新商品や特集記事などの準備に入るのが通例。没後31年になるエヴァンスもそのような大物の1人だ。本作はユニバーサルミュージックに日本を代表するピアニストが揃ってきたことがきっかけとなり、同社のジャズ・ディレクターが立案したもの。1曲を除く9曲が本作だけでしか聴くことのできない新録音と未発表音源であり、まずその点で価値がある。
収録曲の編成の内訳はソロ4曲、デュオ1曲、トリオ5曲。エヴァンスのレコーディング・キャリアを踏まえれば、この選択は納得がいく。同社邦人ピアニストの代表格である小曽根真はソロが2曲。相変わらず多忙な小曽根は、この企画のために時間を割くのが難しい状況だったが、自宅で保管しているフォルダーから2007年NY録音の『フォーリング・イン・ラヴ、アゲイン』セッションからの未発表トラック#1、6を発見。無事本作に参加した。本格復帰から1年後の昨年に移籍した大西順子は、今年2月に“NYトリオ”で「ブルーノート東京」に出演した翌日にスタジオ入り。90年代にもレパートリーにしていた#5は9分20秒のロング・ヴァージョンで、以前に比べるとバラードの表現力が向上したと言っていい。もう1曲の#8にしてもそうだが、大西のピアノにはエヴァンスからの影響がさほど感じられない。あくまで自分のスタイルで演奏し、それをエヴァンスに捧げた形だ。
山中千尋の2曲は本作中、最も新しい本年5月のNY録音。#4は一定のテンポで持続する左手の和音が、レクイエムのニュアンスを醸し出し、#10ではエヴァンスと全く異なるアプローチで名曲を翻案している。1月にアルバム・デビュ-したハクエイ・キム“トライソニーク”の#3は、曲後半に別の曲を繋げた趣の構成が面白い。唯一の海外アーティストであるチック・コリアは、NYブルーノートで収録した7月発売の新作ライヴ『ファーザー・エクスプロレイションズ~ビル・エヴァンスに捧ぐ』の未発表曲#2を提供。50年前のエヴァンス・トリオのドラマーでもあるポール・モチアン(ds)との共演が、時代を超えた“赤い糸”を想起させて感慨深い。今年は改めてしっかりとビル・エヴァンスを聴いてみよう、と思える競演作だ。
【収録曲一覧】
1. How My Heart Sings
2. Waltz For Debby
3. Israel
4. Here’s That Rainy Day
5. Never Let Me Go
6. Nardis
7. Very Early
8. You And The Night And The Music
9. What Is This Thing Called Love
10. I Should Care
小曽根真:Makoto Ozone(p)
チック・コリア:Chick Corea(p)
ハクエイ・キム:Hakuei Kim(p)
山中千尋:Chihiro Yamanaka(p)
大西順子:Junko Onishi(p)
上原ひろみ:Hiromi Uehara(p)
2011年作品