キーンコーンカーン──。施設内に、けたたましいチャイムの音が鳴り響く。「おやつの時間」の前のお決まりである「歌の時間」の合図だ。
「さあ皆さーん、お歌の時間ですよぉー。広間に集まってくださぁーい」
職員が、甲高い声で入居者を呼び集める。
「今日もまた、この時間か……」
深いため息をつきながら、しぶしぶ広間へと足を運ぶ。「今月の歌」として施設に決められた童謡「春の小川」を合唱するためだ。入居者が集合すると、「さぁ、始めましょうねー」と職員によるピアノの演奏が始まる。入居者は、号令に合わせて歌い始める。
「はーるのおーがーわーはー♪」
心身が衰えた“先輩”たちと、レクリエーションと称した折り紙や歌、じゃんけんやクイズなどをさせられる日々。自分はしっかりしていると思っているだけに、半ば強制的に“子ども返り”させられていると感じる。家族が施設に訪ねてきたのは、1年の間でたった2回。自宅に住んでいたころには、近所付き合いもそれなりにあったが、家族以外の人が施設に訪ねてきたことは一度もない。施設に入ると同時に、社会的なつながりが途絶えてしまった。いったいこの日々は、いつまで続くのだろう──。
これは、まだ元気なうちに、有料老人ホームなどの高齢者施設に入居を余儀なくされた高齢者の、ある一日だ。
「まだ自分の力で暮らすことができて、元気でいるのに、施設での暮らしがスタートするケースは少なくありません。家族にとっては安心ですが、本人の意に反して入居させた場合、それが本当に幸せかどうかは疑問が残ります」
『死を生きた人びと』(みすず書房)などの著書で知られ、これまで350人を超えるみとりに関わった訪問診療医、小堀鴎一郎さん(堀ノ内病院)は言う。人生100年時代、アクティブシニアと呼ばれるような心身共に健康な高齢者の最大の不安は「いつか施設に入れられるんじゃないか」。身体機能や認知機能の衰えで、やむを得ず施設に入居するならまだしも、心身ともに健康なうちに施設に入居させられることへの恐怖だ。自由がなくなる、社会とのつながりがなくなってしまう……と漠然とした不安を抱く人も少なくない。
「最期を迎えたい場所」についての調査(内閣府「2012年度高齢者の健康に関する意識調査」から)では、自宅で最期を迎えたいと希望する人が54.6%と半数以上。次いで病院などの医療施設が27.7%、特別養護老人ホームなどの福祉施設が4.5%、高齢者向けのケア付き住宅が4.1%だった。