ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。口コミサイトの落とし穴について解説する。
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ネットの口コミで多くの人が利用しているのがグルメ・レストラン情報だ。ところが、その情報で1位を獲得したレストランが実在しないお店だとしたら……。そんなウソのような本当の“事件”が世界最大手の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」で起きた。
問題となったのは、ロンドン市内で第1位に格付けされていたレストラン「ダリッジの小屋」。電話をしてもなかなかつながらず、つながっても予約がいっぱいで受け付けてもらえないことで知られていた。
実はこの「ダリッジの小屋」、カルチャー系メディア「ヴァイス」に寄稿するフリーライターのオオバー・バトラー氏の思いつきから生まれたイタズラだった。以前トリップアドバイザーにサクラとして偽レビューを投稿する仕事をしていた彼は、自分の偽レビューでレストランが人気店になっていくことに衝撃を受けたという。多数の正直なレビューが投稿される一方で、偽のレビューが蔓延(まんえん)する口コミサイトの「偽りの現実」を目の当たりにし、「ならば偽のレストランがあってもいいのでは」と思い立ったそうだ。
バトラー氏は自宅の裏庭をロンドン1位のレストランにすべく、入念に準備を進めた。トリップアドバイザーへの登録にあたり、携帯電話を新規に購入。高級レストランのようなウェブサイトを立ち上げ、メニューや料理の写真を掲載した。
彩り豊かな料理の写真は、固形洗剤やシェービングクリーム、ペンキ、ハムに見立てた足の裏などを駆使して撮影された。メニューには「情欲・ウサギの腎臓のトーストのせ」「共感・ビーガン風スープ」など感情になぞらえたユニークな料理名を並べた。しかし、実在しないお店なので実際に来店されても困る。そのため、住所はあいまいにして「完全予約制」をうたった。