ヒップ・ホップ、EDM、サブスクリプションに対し、〝オッサンそういうの疎いのよ〟と、昨今の音楽事情を皮肉り、〝ニッポンの男達(メンズ)〟へのエールを送った「ヨシ子さん」。レゲエ風の独自のスタイルによる強力なリズム・トラック、インド音楽など様々な要素が混在したカオス的展開と、それに呼応したリズム、ビートのノリに工夫を凝らした桑田の歌とのコンビネーションはまさに白眉といえるものだ。

 バラード・ナンバーの「簪/かんざし」「ほととぎす(杜鵑草)」の2曲は味わい深い。前者は、はかない現実から逃れ、心中する男女、後者はかなわぬ恋の別れを描いた物語。いずれも淡々とした歌いぶりで、愛に囚われた男女の人間模様が浮かんでくる。

 本作を耳にして改めて桑田のソング・ライター、ヴォーカリストとしての力量に感服させられた。日本の歌謡史、ポップス史を俯瞰しながら、その継承者としての自覚を持って取り組んだ意欲作だ。昭和の歌謡曲、ポップスへのオマージュも、決して懐古的な意図によるものではない。

「昭和は、のどかな良い時代だったなんて言うけれど、トンがるところは結構トンがっていたと思う」と、『がらくたノート』にはある。「今はというと、めんどくさいことはとりあえず避けて通るよね」という言葉からも、時代や社会を見つめる桑田の姿勢、矜持がうかがい知れる。(音楽評論家・小倉エージ)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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