ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。ドイツで可決したソーシャルメディア規制について、その背景を説明する。
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6月30日、ドイツ連邦議会は通称「フェイスブック法」と呼ばれる法案「Network Enforcement Act」を可決した。
ドイツでは元々「民衆扇動罪」という法律で人種差別的あるいは扇動的な書き込み、鉤十字の使用やナチスへの称賛、ホロコーストの否定などの投稿が違法とされている。フェイスブック法はソーシャルメディア事業者を縛るものだ。ヘイトスピーチなど明白に違法とされる投稿は、通報から24時間以内の削除を義務づける。違法性が明白ではない微妙な場合は、削除するかどうかの判断に7日間の猶予が与えられるそうだ。
苦情の受付窓口の開設や、対応件数や状況について事業者に半期(6カ月)に一度、報告書を公表することも求める。対象はドイツ国内に200万人以上のユーザーを抱えるソーシャルメディアだ。
削除の遅れが常態化している場合には、最大5千万(約64億円)の罰金が科せられる。担当責任者個人にも最大500万(約6億円)の罰金というから驚きだ。
なぜドイツはここまで強硬的なメディア規制を進めたのか。背景には2015年以降増加し、100万人以上を受け入れた難民の存在がある。受け入れ後に難民の犯罪が相次いだとされ、ソーシャルメディア上には難民に対する差別的な投稿が氾濫(はんらん)していた。ハイコ・マース法務相は、インターネット上のヘイト・クライムが、この2年間で3倍に増加したと主張している。
しかし、ソーシャルメディア事業者という民間企業に強い公的規制をかけることには、否定的な声も多く寄せられた。
ミュンスター大学のベルント・ホルツナーゲル教授は公聴会で「法案は違憲である」と指摘。民間企業に言論を削除するインセンティブを与えることと、投稿が削除された人が異議申し立てを行う手続きが存在しないことを問題点として挙げた。
批判は少なくなかったが、連邦議会はフェイスブック法を可決した。マース法務相はその理由を下記のように述べている。
「開かれた社会、民主主義において、議論や討論は重要である。そして、表現の自由は、過激な表現や醜悪な表現も含む。しかし、表現の自由は刑法に抵触するものまで認められているわけではない」
表現の自由とネット上の人権侵害。バッティングする両者をどこで調整するのかは難しい問題だが、ドイツは事業者の責任を問うことでこの問題の解決に一歩踏み出した。この法律によってドイツのネット言論状況がどのように変わるのか、注目していきたい。
※週刊朝日 2017年7月21日号