俳優・高橋克実さんの仕事は、そうやっていつも事務所主導で決まっていく。15年前に雑学バラエティー「トリビアの泉」の司会になったときも、2年前、「直撃LIVE グッディ!」のメインキャスターに決まったときも、まさに青天の霹靂(へきれき)。「自分でいいのか?」と、最初は途方に暮れた。
「でも、事務所が決めたことに、異を唱えたことは一度もないんです。もし僕が自分で仕事を選んでいたら、慣れているスタッフとか共演してみたかった俳優とか、どんどん安心できるほうへ、ラクなほうへ流されていた気がします(笑)。『獅子はわが子を千尋(せんじん)の谷へ落とす』なんて言葉がありますけど、ウチの事務所の方針では、どんな大人になっても、千尋の谷へ落とされるんです(笑)。でも、俳優の仕事は、たとえ一つの作品で達成感を得られたとしても、次にまた新しいことに挑戦しなければならない。そもそも安住してはいけない仕事なんだと思います」
元は、超がつくほどの心配性。薄くなった頭頂部をカバーする一:九分けのようなヘアスタイルから、思い切って坊主頭にすることになったときも、「坊主では、もう二度と普通の勤め人の役が来なくなるのでは」と気が気でなかったという。
「でも、実際そんなことはまったくなかった。結局のところ僕は、自分が思い悩んだことすべてが杞憂に終わる人生を送っているんです(苦笑)。この間、保育園に通っている上の子と子供番組を見ていたら、ある保育園児が、“石橋を叩いて渡る”と“石の上にも三年”という二つの諺を組み合わせて、“石橋を叩いて三年”という新しい諺を生み出していた。その意味を、“石橋を三年叩いても渡らないほど慎重なこと”なんて説明していて、思わず“これは俺のことか?”と(笑)。背中を叩く人がいなかったら、いつまでもぼーっとしていたい派なのに、背中を叩いてくれる人のおかげで、この年になっても、新しいことに挑戦できている。それはとてもありがたいことです」
仕事選びは事務所主導とはいえ、できれば年に1本は舞台をやりたいという意思は伝えている。舞台「黒塚家の娘」は、能の「黒塚」をモチーフにした北村想さん書き下ろしのファンタジーホラーで、高橋さんは、盲目ながら徳の高い牧師を演じる。
「『黒塚』は、鬼婆が、若い男の肝を食べて生きながらえるという“安達ケ原の鬼婆伝説”が由来で、『いつの世も、女に必要なのはアンチエイジングだ!』なんて台詞まである(笑)。でも、いつまでも若くいるのは、そんなにも価値あることなのか。人間は不完全な生き物だからこそ、高みを目指そうと努力するわけだし、愚かだからこそ面白い。そんなことを考えさせてくれる芝居だと思います。かなり笑えます(笑)」
舞台で、キャスターとは違う、どんな“俳優の顔”を見せるのだろう。
※週刊朝日 2017年5月19日号