●スクリーンに拡がる噺家ワールド
ドキュメンタリー映画「小三治」を見てまいりました。
題名が示す通り、落語家の柳家小三治を追っかけた作品です。
小三治師匠は、かねがね私がライヴを体験したいと思い続けているジャイアントのひとりであります。
噺に入る前の「まくら」(スタンダード・ナンバーでいうと‘ヴァース’にあたる部分です)を集めた本「ま・く・ら」「もひとつ ま・く・ら」も、ページが指紋でベタベタになるほど繰り返し読みました。
ライヴが見たいなあ。あの調子をダイレクトに味わいたいなあ。
と願ってやまない私ですが、高座のチケットはいつも売り切れ。巨匠は遠くにありて思うもの、私にとって小三治師匠とはそんな存在なのかもしれません。
この映画には、いろんな小三治が登場します。
愛弟子・柳家三三(さんざ)の前での威厳あふれる表情、盟友・入船亭扇橋との、どこかのどかな対話。桂米朝の高座(上方のトラディションに従い、見台や膝隠しを使います)を舞台脇で聴き入る姿。最後、「鰍沢(かじかざわ)」(三遊亭圓朝のカヴァー)の抜粋が10分ほど味わえますが、その表情の豊かさ、多彩な口調は鳥肌ものでした。
が、噺の途中、カメラのアングルをこまめに切り替えるのはちょっとどうかなあ、とも思いました。落語の画像は中央から俯瞰で撮るのが一番、音声もモノラルで良し、あとは見る者が勝手に脳内イコライザーを駆使して楽しめばよいのではないか、と感じる私は野暮なのでしょうか。
●北海道限定、「小三治のFM高座」
もうひとつ、「小三治」で気になったのは、音楽について触れた箇所が殆どなかったことです。わざとかな?と思うぐらいでした。
小三治師匠はすごい音楽ファンで、なかでもジャズとクラシックが好きで、そのうえオーディオ・マニアなのに…。
なぜ私がそれを知っているのか。
「小三治のFM高座」を毎週聴いていたからです。
この番組はFM北海道の開局(確か1983年)と同時に始まったと記憶しています。1時間番組で、ジャック・ルーシェ・トリオがバッハのメロディを4ビートでプレイする曲がテーマ・ソングでした。そして、夏になると必ず‘サマータイム特集’を数週間にわたって放送するのです。
そうです、いろんなミュージシャンが演奏し、歌った《サマータイム》をただひたすらかけるのです。 チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングスからジャニス・ジョプリンまで。「ポーギー&ベス」のオリジナル・キャストからデイヴ・ブルーべックまで。
曲の間に、小三治は自分がいかに《サマータイム》が好きで、いかにこのメロディにほれ込んでいるかを繰り返し語ります。
これがまたいいのです。愛に溢れているのです。評論家の方々の、データ偏重ぎみの「ジャズ番組」とは違う、なんともいえない生々しさがあります。
‘サマータイム特集’の何週目でしょうか、「ベニー・グリーンっていいんだよねえ」と師匠は語り始めました。
●千鳥足トロンボーンに、心も和む
ベニー・グリーン。今の読者には若干説明がいるかもしれません。80年代後半にデビューしたジャズ・ピアニストでベニー・グリーンというひとがいます。しかし、これは80年代前半の話。1977年に亡くなったトロンボーン奏者ベニー・グリーンを師匠は‘いいねえ’と言っているのであります。
‘J.J.ジョンソンより好きだねえ’なんてフレーズも飛び出してきた記憶があります。
うれしいですねえ。私はスピーカーに一歩近づき、ベニー・グリーンの演奏する《サマータイム》がかかるのを今か今かと待っています。
数分にわたる楽しいお話の後、気持ちいいラテン・リズムが飛び出してきました。コンガと、おそらくはタンバリンと思える打楽器が鳴り、オルガンの音も聴こえてきます。そしてベニー・グリーンのトロンボーンが粘っこく、どこか千鳥足で《サマータイム》のメロディを吹き始めます。
なるほど、これはいいぞ。泥臭くて、粋で、かっこいい。
番組は‘サマータイム特集’なので、もちろんこれしかかかりません。でも、こんな素敵な演奏が収められているのですから、アルバムに入っている他の曲だって良いに決まっています。
私はベニー・グリーンのアルバムをずいぶん、買い求めました。ブルーノート盤『バック・オン・ザ・シーン』、『ソウル・スターリン』、『ウォーキン・アンド・トーキン』、『ザ・45セッションズ』、エンリカ盤『スイングス・ザ・ブルース』、タイム盤『ベニー・グリーン』、ジャズランド盤『グライディン・アロング』などです。
しかし、どこを探しても《サマータイム》は見つかりませんでした。
結局、私が《サマータイム》の入った『ホーンフル・オブ・ソウル』をやっとこさ手に入れたのは、2000年代に入って東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)がベツレヘム・レーベルの大量復刻をやり始めてからのことです。
約25年ぶりに聴いたベニー・グリーンの《サマータイム》は相変わらず粋で、どこか千鳥足でした。
(追伸)
私はかつてミュージックバードという衛星放送のジャズ・チャンネルで番組を持っていた頃、‘《サニー》特集’をしたことがあります。誰も指摘してくれませんでしたが、実はこれ、もちろん小三治師匠のパクリです。