大岡さん (c)朝日新聞社
大岡さん (c)朝日新聞社

 現代日本を代表する詩人で評論家としても活躍した大岡信(まこと)さんが4月5日、肺炎のため86歳で死去した。本誌連載「日本語相談」や朝日新聞連載の詩歌コラム「折々のうた」でも広く親しまれた大岡さんは、実は大の動物好きで、猫への愛に満ちたことばも多く残している。エピソードとともに、哀悼の意を表したい。

「病院に搬送されるまで、父の傍らに猫がいました。最後の愛猫は太郎丸(愛称タロウ)。猫と父は生涯切れない縁でした」

 大岡さんが亡くなった夜、こう打ち明けてくれたのは、長男で芥川賞作家の大岡玲さんだ。タロウは10歳近いロシアンブルー。玲さんによると、大岡家では動物が「切れ目なく」飼われ、猫は室内にも庭にもいた。脳梗塞を患った大岡さんは、2009年に一線を退き、静岡県内で療養していたが、最期の瞬間まで猫を大切にしていたのだ。

 記者は19年前の春、猫の取材で当時67歳の大岡さんのお宅に伺った。当時、トムというシャム猫を失った大岡さんは、友人や編集者ら約30人に訃報(ふほう)を送った。その話を聞かせてもらった。それまでも雌猫のアディーやベッキーなどを愛し看取った大岡さんだが、トムは大岡家で一番の長生きで、特別な思いを抱いていたようで、訃報にはこうしたためた。

〈拙宅に十八年近く家族として暮して参りましたシャム猫トム儀 今暁老齢の腎不全のため永眠仕りました可愛がって頂きました辱知の皆様にお知らせ申しあげます〉

 文末では「倣漱石」として句を詠んだ。愛犬ヘクトウや(『吾輩は猫である』の)猫を失ったときに句を詠んだ夏目漱石に倣って──。

 雪解の地蔵のわきに埋めてやりぬ(拙宅の小庭に小さな地蔵あり)

 トムの訃報を受けた知人には、俳人の飴山實さんや長谷川櫂さんらがいて、長谷川さんは大岡さんに句を送っている。そのうちの一句が〈この春は 風寒からん 膝の上〉。

「先生も奥さまもあのときは悲しんでおられました。漱石の猫の死に対して高浜虚子がカナの句を弔電で送ったのに倣い、私も電報で追悼句をお届けしました」(長谷川さん)

 記者も思い出すことがある。当時猫を飼って間がなく、いつか訪れる別れをうまく想像できない自分に対して、大岡さんは切々とこう話してくれたのだ。

「動物の死に方は、人間が学ばなければならない最大のこと。人のように訴えず、死を運命として受け入れて耐える。じたばたするのは人間だけ、猫はじたばたしない。そこが見事なのです」

 死とは。生とは。動物を通して語った深いことばを改めて、かみしめたい。

週刊朝日 2017年4月21日号