ジャーナリストの田原総一朗氏は、トランプ大統領の演説について、矛盾を指摘する。

*  *  *

 ドナルド・トランプ大統領の就任式での演説を聴いて、彼は被害者意識の塊のような人物だと感じた。

「何十年もの間、私たちは米国の産業を犠牲にして外国の産業を豊かにしてきました。自国の軍隊の悲しむべき疲弊を許しておきながら、他国の軍を援助してきました。私たち自身の国境を守ることを拒否しながら、他国の国境を防衛してきました。そして、米国のインフラが荒廃し、劣化する一方で、何兆ドルも海外につぎ込んできました。私たちの国の富、強さ、自信が地平線のかなたに消えていったさなかに、私たちは他国を裕福にしてきたのです」

 そして、次のように宣言する。

「私たちが守るのは二つの単純なルールです。米国製品を購入し、米国人を雇用するということです」

 グローバリズムの中で米国の多くの工場がメキシコなど海外に出ていき、多くの米国人が職を失い、低賃金で働かなければならなくなった。豊かな生活を送れるのは一部の既得権層で、多くの米国人は格差に我慢できなくなった。そうした米国人たちがトランプ氏に投票したのだ。

 トランプ氏は何度も「アメリカ・ファースト」を断行すると力説した。具体的には、保護政策を徹底させる、ということだ。たとえばメキシコに工場を建設する予定だったフォード・モーターのCEOに強い圧力をかけ、計画を撤回させ、米国内の既存工場で新たな雇用を創出させることにした。ゼネラル・モーターズやトヨタ自動車にも、メキシコでつくる小型車に高い関税をかける、メキシコに工場をつくるのをやめ米国内につくれ、と圧力をかけている。

 
 たしかに、自動車に象徴される米国の第2次産業の製造部門は多くの工場が海外に出ていき、深刻な事態となっている。その意味では保護政策を徹底させるのは理解できる。だが、実は米国が世界に誇る金融業は、世界を舞台に活動できるグローバリズムにより繁栄している。トランプ氏が本当に保護政策に転換したら米国の金融業はやっていけなくなる。金融業にとっての米国第一とは、グローバリズムを堅持することだ。

 まだある。最近すさまじい勢いで世界を席巻しているグーグル、アップルなどのソフト産業にとって、保護政策は自殺行為に等しい。

 トランプ氏が選挙の際、いわゆるラストベルト、つまりかつての工業地帯をまわって米国第一をうたったのは保護政策であり、その限りではわかりやすいのだが、いざ大統領になって米国第一を実施するには、具体的にどのような政策をとればよいのか。米国第一とはいっても、業種によってとるべき内容は、大きく食い違っているのである。

「私たちは、首都ワシントンから権力を移し、国民の皆さんに戻すのです。あまりに長い間、この国の首都の小さな集団が政府からの恩恵にあずかる一方、国民はそのつけを背負わされてきました。ワシントンは栄えましたが、国民はその富を共有しませんでした。政治家は豊かになりましたが、職は失われ、工場も閉鎖されました」

 だが、トランプ氏の閣僚には金融大手ゴールドマン・サックスの元幹部であるムニューチン財務長官をはじめ、財界人や元軍人など、これまでの体制の「勝ち組」たちが名を連ねている。トランプ氏は自分の演説が矛盾に満ちていることがわかっているのだろうか。あるいは矛盾に満ちていて良いと考えているのか。

週刊朝日 2017年2月10日号

著者プロフィールを見る
田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

田原総一朗の記事一覧はこちら