「証拠を直接見聞した一審の事実認定を、誤認であると判断できるだけの根拠は何一つありません」
予想外の逆転有罪判決に怒り心頭なのは“全国最年少市長”の弁護人を務める郷原信郎弁護士である。
11月28日、名古屋高裁の村山浩昭裁判長は一審の無罪判決を破棄。岐阜県美濃加茂市の浄水プラント導入を巡って受託収賄罪などに問われた藤井浩人市長(32)に対し、懲役1年6カ月執行猶予3年、追徴金30万円の有罪判決を言い渡した。村山裁判長といえば、袴田事件で再審開始決定を出して一躍名をはせた裁判官だ。
控訴審で焦点となったのは、贈賄側の中林正善受刑者(46=詐欺罪などで実刑が確定)の再尋問だった。設備会社社長だった中林受刑者は2013年3月、市に浄水設備の導入を働きかけるよう藤井市長(当時、市議)に依頼。その見返りとして、同年4月2日に10万円、同25日に20万円を渡したなどと証言していた。しかし一審判決は、現金授受の場となったファミリーレストランに同席者が「いない」から「いた」に変わるなど、記憶があいまいで変遷していることなどから、信用性を否定していた。
郷原弁護士が説明する。
「裁判長は、贈賄側の生の記憶を聞きたいと再び証人として法廷に呼ぶことになった。ところが、(贈賄側は)弁護人から一審の判決文を入手し、証人尋問前に熟読して出廷してきた。一審とまったく同じ供述をし、再尋問は意味をなさなくなった。無罪を覆すだけの証拠はないはずですが、心証だけで有罪にしたのです」
一方で藤井市長に対する被告人質問は行われなかった。毎回出廷していたが、一言も言葉を発する機会はなかった。元裁判官の安原浩弁護士も疑問を呈する。
「裁判官の有罪心証を、被告人が揺るがす可能性もある。無罪をひっくり返すのなら慎重を期して被告人質問を行うべきでした」
藤井市長は即日上告したが、地元の美濃加茂市も目まぐるしく変わる司法判断に翻弄されている。市議会は藤井市長が逮捕された14年、市長の問責決議を可決したが、その後の市議選で最大会派が分裂するなど、しこりを残した。その市議会だが、控訴審判決の翌日、藤井市政を支える声明を発表。森弓子議長は「市長が行動的にいろいろと取り組んでいることを高く評価している」などと話した。
だが、市議の一人がため息まじりに語る。
「表向き一枚岩になるしかない。新年度予算編成の大事な時期だけに、われわれがガタガタしたら市民を不安にさせるだけ。現職市長が被告人となっている現状は変わらんわけですから」
来年5月には藤井市長の任期満了に伴う市長選を控える。賛否が分かれる議論を呼んでいる、この事件の行方やいかに。
※週刊朝日 2016年12月16日号