ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、今年の新語となった「ポスト真実」を取り上げ、既存メディアと対立する言論の影響力について論じる。

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 世界最大の英語辞典「オックスフォード英語辞典」を刊行する英オックスフォード大学出版局は、11月16日に毎年発表している「今年の言葉」に、「post‐truth(ポスト真実)」が選出されたと発表した。

 辞典の編集部によると、この単語は「客観的事実よりも感情的な訴えかけのほうが世論形成に大きく影響する状況を示す形容詞」だという。ニュースを知る機会が新聞やテレビからソーシャルメディアへと変わり、その結果、既存メディアの報道内容に疑問を呈す人々の言論の影響力が大きくなった状況を表す。要はネットで散見される「マスコミは真実を伝えていない」「ネットで書かれていることが真実」といった主張を一言で表すと「ポスト真実」になるのだ。

「ポスト真実」が厄介なのは、事実無根の主張やデマに依拠しても、「真実のように感じられる」ところ。6月の英国のEU離脱国民投票では、英国が毎週EUに支払う拠出金が480億円かかる(実際はその3分の1)というキャンペーンを離脱派が展開。サンやデイリー・メールなどの大衆紙が便乗し、ネットでもそのデマが多く拡散した。

 
 米大統領選でも同様にローマ法王やデンゼル・ワシントンのトランプ支持表明や、民主党の予備選で集計偽装が発覚といったデマニュースが飛び交った。トランプ候補は予備選の段階から投票日直前まで選挙演説やツイッターで自身の不適切発言を非難するマスメディアを激しい言葉で攻撃し、正当性を有権者に訴えた。マスメディアが伝える情報と大衆紙やネットの情報の「落差」が大きかったことは、結果的に「ポスト真実」に一定の信憑(しんぴょう)性を与えた。選挙戦終盤、トランプ候補の差別的な暴言がメディアで取り上げられても支持率が下がらなかったことは「ポスト真実」の影響力の増加を示す。それどころか彼の「ポスト真実」言論は、一部の有権者から政治エリートやマスメディアといった既得権益層に立ち向かう勇敢な意思の表れと解釈されたのだ。

「ポスト真実」が横行する背景には、事実をないがしろにして扇情的な情報を流し、部数やアクセス数を稼ぐメディアの存在がある。そうした状況を見るに見かねて、世界中で大きなシェアを誇る知育玩具を発売するデンマークのレゴ社は、これまで契約していたデイリー・メール紙との契約解除をツイッター上で発表した。これはネット上で広まる「Stop Funding Hate(ヘイトをあおるメディアの広告主になるのはやめよう)」というキャンペーンの呼び掛けに応えたもの。こうした「ポスト真実」に対抗する動きがどれだけ広まるかにも注目だ。

「ポスト真実」は英国と米国の未来を大きく変えた。今後世界中で同様の現象が起こることは疑いがない。マスメディアはこの事実を正しく認識し、「ポスト真実」の影響を受けにくい中間層を厚くするための情報発信と、彼らに届く言葉を模索する必要がある。

週刊朝日 2016月12月9日号