同書やインターネットの情報を読み進めて気づいた。ハゲにもいろいろあるのだ。【1】円形脱毛症【2】加齢による薄毛【3】男性型脱毛症──の三つに大別されるらしい。【1】はストレスなどが影響する特殊な存在とみていい。【2】は生き物の宿命である。冒頭の東京医科歯科大学のコラーゲン研究の進展を待つしかない。

 考えるべきは【3】だろう。

 最近、ネット広告や街角で「AGA」というアルファベットをよく見かける。「アンドロジェネティック・アロペシア」の略で、これこそが男性型脱毛症のことだ。前頭部や頭頂部の髪が薄くなるのが特徴で、20代から発症する例もある。私には無関係だが、いわゆる“若ハゲ”である。

 育毛サロン、ヘッドスパ、育毛剤、発毛剤、薄毛シャンプー、育毛ブラシ、植毛ロボット……対策方法や関連商品は市中にあふれている。どれが最善手なのか。そもそもハゲを治すのか、防ぐのか。植毛もアリなのか。自分に切迫感がないだけに、どこから手をつけたらいいかわからない。

 新幹線で大阪に向かった。何はさておき毛髪研究の第一人者たる板見教授を訪ねるのが正解だろう。

 板見教授は63歳。ロマンスグレーの髪に丁寧な櫛が入っていた。

「先生、若ハゲを治す方法を教えてください」
「遺伝要素が強く、完全に防ぐことは不可能です」

 いきなりカウンターパンチを食らった。そんなはずはない。育毛クリニックや育毛剤が世にあふれているではないか。心を静め、AGAのメカニズムについて教えを乞うた。

 板見教授によれば、それぞれの人が持つ遺伝子を素因とし、思春期のころから分泌が増える「男性ホルモン」が実行因子として作用することで、薄毛になるという。

 遺伝の要素が強いなら、家系をさかのぼって薄毛の人がいなければ安心なのか。ふと、父、祖父、曾祖父の顔が浮かんだ。オッケー。誰もハゲてない。

「そんな単純な見方ではダメです。多因子遺伝と言いますが、複数の要素がかかわり、その組み合わせで発症する。現在判明しているだけでも16以上の遺伝子がかかわっているんです」

 先祖にはっきりとした薄毛の人がいなくても、父方と母方の先祖のさまざまな遺伝子が組み合わさることによって「多因子」がそろってしまうというわけだ。つまりこの私も、木村拓哉もディーン・フジオカも岩田剛典もハゲない保証はないのだ。

週刊朝日 2016年7月22日号より抜粋