ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる、ジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。アメリカで「ビジネスとしてのジャーナリズム」が問題となっているが、日本もいずれ同じ問題に直面すると指摘する。
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米国のあるメディア企業に対する訴訟がシリコンバレーの大物投資家を巻き込んだ大騒動になっている。
事の発端はネットのゴシップメディア「ゴーカー」に掲載された一つの記事。日本でもなじみの深い人気プロレスラーのハルク・ホーガン氏が、友人の妻と性行為をしているビデオを無断で公開されたのだ。ホーガン氏はプライバシーを侵害されたとして同メディアの運営会社「ゴーカー・メディア」と、その経営者を訴え、フロリダ州連邦裁判所の陪審が3月18日、損害賠償金として懲罰的損害賠償金を含む1億4千万ドル(約150億円)の支払いを同社に命じた。
当初は単なるゴシップメディアとセレブの争いと見られていたこの訴訟が再び注目を集めたのは5月24日。シリコンバレーの大物投資家ピーター・ティール氏が同訴訟でホーガン氏側に巨額の資金提供をしているとフォーブスが報じ、翌25日にはニューヨーク・タイムズ上でティール氏が訴訟を支援する理由を語った。彼は2007年に同社が保有する別のゴシップメディアにゲイであることを公表される記事を書かれ、知人も含めて大きなダメージを負ったという。以降、公共性の有無にかかわらず、人を貶(おとし)めて注目を集め、バッシングする同社のやり方に疑問を持ち、同社の記事の被害者を探して訴訟の支援を行っているそうだ。
構図的には、億万長者が気にくわない記事を書いたメディアに対して金に飽かせて訴訟を起こし、金銭的な圧力で復讐(ふくしゅう)しているように見えなくもない。だが、本人は復讐を否定し、「行きすぎたゴシップ報道に一定の抑止効果をかけるもの」と一連の行動の狙いを語っている。ティール氏は言論弾圧を監視するNPO「ジャーナリスト保護委員会」にも多額の寄付をし、こうした活動を見る限り、単純な言論弾圧者と断じるわけにはいかないだろう。
ゴシップ報道に公益性はあるのか。公益性の薄い報道には一定の制限をかけるべきか。制限をかける場合、表現の自由との齟齬(そご)をどうクリアするのか。本件の背景には「ビジネスとしてのジャーナリズム」を巡る諸問題が凝縮されている。この訴訟が最終的にどう決着するかは長期的に見て日本にも大きな影響を与えるだろう。「文春砲」などともてはやされる週刊誌のゴシップ型スクープも、いずれはこの問題に直面せざるを得ない。すべてのメディア、ジャーナリズム関係者はこの訴訟の成り行きに注目する必要がある。
※週刊朝日 2016年7月1日号