ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、新聞業界とネット業界の間に起こる人材の行き来が新たな時代をつくるという。

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 6月2日、米国の労働省労働統計局が、ネットが普及し始めた1990年代から2016年までの情報産業の季節変動調整済み雇用データを発表した。

 これによれば、ウィンドウズ95が発売された95年8月の段階で、米国の新聞社には42万7600人が雇用されていた。一方、ネットメディア企業が雇用していたのはわずか3万4100人。両者には10倍以上の開きがあった。だが、09年を境に両者の差は一気に縮まり、最新の雇用データでは新聞が18万3200人、ネットメディア企業が19万7800人と逆転してしまったのだ。衝撃のデータではあるが、ついに来るべきときが来たとも言える。

 日本の情報産業に絞った雇用データは見つからないが、個別の企業に目を向けてみると米国と同様のことが起きていることがうかがえる。新聞最大手の読売新聞と朝日新聞の現在の社員数は約4600人だが、ネットメディア最大手のヤフーの社員数は既に5千人を超えた。同社はここ数年報道に力を入れ、ニュース部門に元新聞社の社員がひっきりなしに転職している状況だ。米国でハフィントン・ポストに次ぐネットメディアとして近年大きく成長を遂げている「バズフィード」の日本版を昨年合弁で立ち上げ、創刊編集長に朝日新聞のデジタル部門で中心的役割を担っていた古田大輔記者を引き抜いたことも話題になった。今後は日本でも米国のように「紙」から「ウェブ」業界への転職が活発化していくはずだ。

 
 とはいえ、日米の状況を安易に同一視すべきではない。日本の新聞業界には他国と比べて発達した戸別配達制度があり、それに裏打ちされた月額固定料金の販売費がメインの収入になっているからだ。米国と違って日本の新聞社はまだまだ身銭を切っていない部分が多いという違いもある。米国水準の2~3倍と言われる社員の給与と、24時間ネットでニュースを伝えるこの時代に発行することの意味が日々薄れている夕刊──まずはこれらに大ナタをふるったうえで、印刷を外部に委託し、販売網を合理化するといった措置が必要だろう。要するに、現在の新聞業界は記事の質とは無関係な部分で図体ばかり大きくなり、そこに多くのムダが発生しているのだ。

 そうしたムダを省くにはデジタル技術やネットは有用だ。米国の老舗紙「ワシントン・ポスト」を個人で買収したアマゾン社のジェフ・ベゾスCEOは最適な広告表示や記事のレコメンドなど、アマゾンのノウハウを同紙に惜しみなく投入し、デジタル化に遅れていた同紙の改革に成功した。新聞社からネットメディアに民族大移動が起きつつあるいまだからこそ、新聞社はネット業界からデジタルの力で新聞の息を吹き返してくれる人材を引き抜いてきて、要職に据える必要がある。オリンピックが終わるころには新聞業界とネットメディアの大勢がはっきりするだろう。残された時間は少ない。

週刊朝日 2016年6月24日号