「要するに、警察庁の国テロと外務省のネットワークを融合させるということですね。霞が関の縦割り制度によってこれまでは別々に動いていましたが、それが機能すれば強力なチームになります。外国情報機関に対しても、カウンターパートと名乗ることが可能です」(警察庁関係者)
こうして対外テロ対策は一歩前進にみえるが、他方で「国内でのテロ対策では、決定的な弱点が、日本にはあります」と、この警察庁関係者は続ける。
「世界のテロ対策の主流は今、ネットのハッキングを含めた通信傍受です。パリ同時多発テロの犯人グループを捕捉したのも通信傍受ですね。しかし、日本ではテロ対策目的の通信傍受が認められていません。これはプライバシー保護や自由・人権の制限という問題が絡むので、バランスをとるのが難しいのですが、まったく手をつけないでテロを防ぐというのも難しいのが現実なのです」
重要な問題なだけに、今後は冷静な議論が望まれる。だが、ニッポンの弱点はそれだけではない。
警視庁は11月20日、自衛隊を舞台にしたスパイ事件を摘発する方針を固めた。決め手となったのは、2013年5月、東京都内のホテルで、ひとりの初老の男が、白人の男にある冊子を手渡すのを、捜査官チームが確認したことだった。
初老の男は、陸上自衛隊の元東部方面総監だったI元陸将(64)。白人の男は駐日ロシア大使館の武官のK大佐(50)。Kはロシア軍の情報機関「参謀本部情報総局」(GRU)の所属、つまりロシアのスパイだった。
このとき2人を監視していたのは、警視庁公安部外事1課(通称・ソトイチ)の捜査官たちだ。
公安部外事1課は、警視庁で外国のスパイや国際テロを担当する外事警察部門のなかでも、とくにロシア・欧州各国の諜報機関の活動と、輸出入が制限されている戦略物資の不正輸出を取り締まる部署である。
「ロシア諜報機関は現在も、旧ソ連時代と変わらずに日本でのスパイ行為を続けており、公安部外事1課はその監視作業を今も精力的に実施しています。外事1課は、現在は100名に満たない陣容だが、彼らこそ、日本警察が伝統的に力を入れてきた歴戦のスパイ・ハンター集団なのです」(警視庁関係者)
同警視庁関係者によると、I元陸将は現役時代から、このKおよび前任のZと面識があり、ときおり面会していたという。
「外事1課はロシア・スパイのKとZのことを日常的に監視対象としており、彼らと接触していた陸自幹部のことも早くから把握し、長期間にわたって内定捜査していました」