
実は、私の所属しているコロンビア大学の研究室でもセメスターの終わりに終了セレモニーをしてくれた。ランチを用意しますが、ベジタリアン? それともノンベジタリアン? と事前に聞かれた。当日行ってみると、セレモニー自体はとても心温まるものだったけど、食事はコロンビア大学のマークが入ったランチボックスに、サンドイッチとリンゴとポテチのみ。ベジタリアンうんぬんは、チキンサンドか、野菜サンドかの違いだった。
繰り返すけど、食文化に優劣はない。チキンサンドを食べながら、これがアメリカなのだとかみ締めた。多分、コロンビア大学の味がした。そんな気がするだけだけど。
とにかく、一度でいいからおいしいアメリカ料理が食べたいと希求した私と夫は、超老舗のステーキ屋さん「ピータールーガー」に行くことにした。ニューヨークには有名ステーキ屋さんが多いが、多くの名店が「ピータールーガー」での修業を経て開業している。いわばNYステーキの元祖だ。
店はマンハッタンではなく、ブルックリンにあった。最近、ブルックリンはおしゃれなのだが、この店は昔ながらの地味エリアにあった。頑固な下町の味という感じだろうか。予約は必須で、開店前には長い行列。広い店内はクラシックなオールドアメリカン風だ。老舗特有の温かみのある雰囲気と、気品を感じるのはその歴史からだろうか。給仕係は全員おじさまで、高級ホテルのようだ。
私のテーブル担当は、ちょっと厳しめの顔つきのおじさまだったが、
「どのように食べるとおいしいですか?」
と尋ねると、
「断然レアだ。肉のうまみを味わうにはレアを薦めるよ」
とほほ笑んでウィンク。その瞬間に、ドキュンと胸を打たれた。
「古き良きアメリカな感じが超すてき」
やがて運ばれてきたステーキは、厚さ3センチ、長さ40センチの巨大なもの。おいしい肉汁を丁寧にかけてくれるおじさまのその手さばきは、これぞサービスのプロといった醍醐(だいご)味。レアは普段は食べないが、一口食べればそのあまりのおいしさに、卒倒しそうになった。まさに「口福」感! 日本には絶対にない味わいで、アメリカ料理はあまりおいしくないと思っていた自分を反省した。
こんなにおいしいステーキがこの世にあるなんて……。
食べ切れなかった肉を息子の晩ごはんに持ち帰ることにして、担当のおじさまにチップを弾んだ。すると、お返しに大きなコインチョコを10枚もくれた。ランチがチップ込みで3万円もするのだから、サービスは良くて当たり前なのだが、とてもうれしかった。間違いなく我が家のニューヨーク生活最高の美食体験となった。
できれば帰国前にもう一度、食べにきたい。ランチで3万円は勇気がいるけど(笑)。そのために夫婦で始めよう、ピータールーガー・ステーキ貯金を。

※AERAオンライン限定記事