※イメージ写真 @@写禁
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 麻原彰晃率いるオウム真理教が神経ガス・サリンをばらまき、13人の死者と6千人を超す負傷者を出した地下鉄サリン事件から20年――。阿鼻叫喚の地獄絵のような現場で医師は何を思ったのか? 患者の治療にあたった国立病院機構東京医療センター医長の菊野隆明氏は当時をこう振り返る。

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 地下鉄サリン事件では、約700人の患者さんが東京・築地の聖路加国際病院に殺到しました。それ以外の患者さんが都内の大病院にそれぞれ30~40人くらい搬送されました。私は34人の患者さんを診ました。今度は公的機関から「爆発ではなくて、どうやら青酸ガスによるシアン中毒のようだ」という情報が入り、やがてそれが誤りで、サリン中毒だったという情報に変わりました。

 救急車で患者さんが運ばれてきて、一番の症状は目の異常でした。サリンの影響で瞳孔が小さくなってしまい、光が入らなくて、まわりを暗いと感じる患者さんが多かったんです。息苦しいと呼吸の異常を訴える人や言語障害などの症状が出た人もいました。地下鉄サリン事件で、オウムが教団内部で実行犯たちの解毒剤として使っていた硫酸アトロピンやパムは、うちの病院に大量に保管してありました。特にパムは特殊な薬で、普通の病院にはあまりなかったので、東京都の他の病院にお分けしました。病院に搬送された方には、シャワーを浴びて浴室で着替えをしていただいてから入院していただきました。うちでは除染をやったおかげで、病院スタッフに誰も被害を出さずに診療ができました。体や衣服についたサリンが洗い流されたんですよね。

 重症化した人には衣類についたサリンを継続的に吸い続けて悪くなった人もいます。救急車で運ばれてくるとき、4~5人を詰め込んで連れてきたため、軽症の人や救急隊員も二次汚染した例がありました。他の医療機関で、患者さんの除染をせずにたくさん診察室に入れてしまって、医療スタッフが二次被害を受けたということもあったようです。サリンの診療にかかわった医師たちは諸外国の国々に呼ばれて講演に行っています。世界のテロ災害医療では、アメリカの9.11テロと日本の地下鉄サリン事件が、大きな教訓になっています。

(本誌取材班=上田耕司、牧野めぐみ、原山擁平、福田雄一/今西憲之)

週刊朝日  2015年3月27日号