ドラマ評論家の成馬零一氏は、年始に放送された長編大作ドラマの出来映えが三谷幸喜の連続ドラマ復帰を左右するとこう語る。

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『オリエント急行殺人事件』は、「ミステリーの女王」と言われたアガサ・クリスティーが発表した長編ミステリー小説。名探偵ポアロが乗り合わせたイスタンブール発カレー行きの列車・オリエント急行の中で起きた殺人事件を調査するという物語だ。

 1974年にシドニー・ルメットによって映画化もされ高い評価を受けているこの名作が、正月ドラマとしてフジテレビで放送された。脚本は『古畑任三郎』(フジテレビ系)などの作品で完成度の高いドラマを提供し続けてきた三谷幸喜。出演者も野村萬斎、二宮和也、西田敏行、松嶋菜々子、沢村一樹、池松壮亮、八木亜希子、富司純子といった豪華メンバーで、お正月らしい華やかな作品となった。しかも放送は1月11、12日の2夜連続で、どちらも2時間50分近く、2作合わせると5時間は優に超える超大作だ。

 三谷はかつて、『わが家の歴史』(フジテレビ系)という、ある家族の視点から昭和史を綴った3夜連続の長編ドラマを執筆して評価を得たが、三谷にとって、こういった長編大作は相性がいいのだろう。

 物語の舞台は昭和初期の日本に置き換えられており、野村萬斎が演じるポアロ役は勝呂武尊(すぐろたける)という名前に、オリエント急行は豪華寝台列車「特急東洋」へと昭和レトロ調に翻案されている。

 そして、第1部は可能な限り原作通りにドラマ化し、第2部では『古畑任三郎』のように犯人の視点で事件を振り返り、犯行にいたるまでの経緯を描いた復讐譚となっている。

 つまり、同じ物語を別の視点で2作描くという実験作でもあるのだ。

 三谷幸喜は、83年に日本大学藝術学部在籍時に劇団「東京サンシャインボーイズ」を旗揚げした。演劇活動に勤(いそ)しむ傍ら、アルバイトで始めた放送作家をきっかけに、深夜ドラマ『やっぱりが好き』(フジテレビ系)を執筆。その後、『振り返れば奴がいる』(フジテレビ系)、『古畑任三郎』で人気脚本家となった。

 しかし、本人も自嘲的に語ることが多いが『古畑』以外の三谷ドラマは視聴率がとれていない。それでも熱狂的ファンは多く、今でいうと宮藤官九郎のような立ち位置だった。また、『リーガルハイ』(フジテレビ系)に連なるフジテレビの職業ドラマも、三谷ドラマから始まったことである。

 三谷ドラマは、古き良きアメリカの匂いがする。ビリー・ワイルダーの都会派コメディ映画やアルフレッド・ヒッチコックのテイスト、あるいは『刑事コロンボ』などの海外ドラマの影響が強い。セット撮影を中心とした作り物めいたテイストは、日本では異色のものだった。

 一方、三谷と同時代に活躍した野島伸司は、バブル崩壊以降の殺伐とした日本の空気を徹底して追求した。野島の作風は、三谷とは真逆の“病んだアメリカ”を描いた70年代のアメリカンニューシネマの日本的解釈といえるものだった。その後、テレビドラマの主流となったのは三谷ではなく野島の生々しさだった。

 2004年の大河ドラマ『新選組!』(NHK)こそ高い評価を得たものの、それ以降の三谷は連続ドラマから撤退し、映画と舞台を主戦場としてきた。来年の大河ドラマ『真田丸』では12年ぶりの連ドラ執筆となるが、果たして三谷は再び連続ドラマに戻ってくるのか?

『オリエント急行殺人事件』は、その前途を占う上で、重要な作品となるのかもしれない。

週刊朝日 2015年1月23日号