12月23日、天皇陛下は81歳の誕生日を迎える。1989年1月7日、55歳で即位した天皇陛下は、皇后美智子さまとともに、平成流皇室を築き上げてきた。元朝日新聞編集委員の岩井克己氏が96年から10年半にわたり、侍従長としておそばに仕えた渡辺允(まこと)氏(78)に、おふたりが歩いた道のりを聞いた。
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岩井:天皇、皇后両陛下について言えることですが、相手との一期一会を大切にされる姿勢が際立っておられるように思います。その結果、一人ひとりを背景を含めてよく記憶しておられる。その人脈の幅広さと多彩さに驚くことが少なくありません。
渡辺:お会いになると相手に強い関心をもって集中されるから、結果として相手のことを覚えられる。たんに一人ひとりが大切だと抽象論をおっしゃっているのではなく、実践を重ねておられるからでしょう。
岩井:昭和天皇の時代、側近らは「2万人いるうち直にお会いになれるのは200人だとすれば、残りの人たちに不公平になる。特定の人と接点をもてば他の人とも機会を設けねばならなくなる」「だから代表者と会うか、全員に対するお言葉を述べられる」という考え方でした。
渡辺:今上陛下のお考えは明らかに違う。どうやっても2万人全員とは会えないけれど、そこで200人とお会いになったときに200人とできるだけ心が通じる努力をされている。1億2千万人の国民すべてにお会いになることは一生かかってもできない。そこはある意味、仕方ないわけです。
岩井:たとえば昭和天皇は贔屓(ひいき)の力士の名前は言いませんでしたし、何の番組を見ているかも「放送局も競争が激しいから」と明かさなかった。それに比べて両陛下は具体的な名前を挙げられることも多い。北島康介選手が金メダルをとったときに「なんもいえねー」と叫んだのを歌に詠まれ、作家や音楽家の固有名詞をお出しになって悼むなどされる。
渡辺:誰の名前を出すかは、とても慎重に考えておられます。間違っているかもしれませんが、個人の名前を出されるのは皇后陛下が多いのではないですか。それは国民との関係のこまやかさの面を補っておられるところがある。やはり両陛下お二方として国民というのは一人ひとりなんだという発想でおられるところから出発していると思う。
岩井:昭和天皇と現天皇陛下との違いはどう考えればいいのでしょうか。
渡辺:君主とは何かということだと思います。日本で言えば明治憲法下の昭和天皇は、統治権の総攬(そうらん)者で神聖にして侵すべからず、の存在。それはそういう時代でした。ただ、いまは民主主義の下での君主であり、この地位は主権の存する国民の総意に基づく。それだけ国民との距離が近くなるわけだし、国民の支持がなければ成り立たない。陛下は「国民とともに」からさらに踏み込んで「国民に尽くす」とおっしゃっています。
※週刊朝日 2015年1月2-9日号より抜粋