北朝鮮を舞台にした「実録」映画が、3月に相次いでミニシアターで公開される。「韓流」ブームは沈静化したが、北朝鮮実録への関心はじわじわ高まっている。はたしてどんな映画なのか、ジャーナリストの前川憲司氏が解説する。
* * *
公開される映画の一本はドイツ人監督の「北朝鮮強制収容所に生まれて」(3月1日から東京・渋谷のユーロスペース)。
北朝鮮の強制収容所のひとつで強制結婚させられた男女から生まれた申東赫(シンドンヒョク)さん(31)へのインタビューが中心だ。彼は2005年、22歳のときに収容所から脱走、翌年、韓国にたどりついた。北朝鮮の人権問題に関心を持つ人で、彼を知らない人はいないだろう。
幼少時からただの労働力としてこき使われ、13歳のときに母と兄が脱走を企んでいると密告、2人は公開処刑された。彼も関与を疑われ、逆さ吊りで背中を火であぶられる拷問を受けた。密告したのは規則に従っただけでなく、空腹の日々の中で、わずかな食料を母が自分でなく脱走する兄に食べさせるのを盗み聞きで知り、「腹をたてた」こともあったという。つらい話だ。
脱北して韓国に暮らす強制収容所の元所長や、元秘密警察員が登場する。女性収容者を強姦し、殺したことを淡々と白状し、「(自分は)ゲシュタポ(ナチス・ドイツの秘密警察)だった」と漏らす。北崩壊後の報復を恐れる顔は険しい。
北朝鮮もののはしりは、10年春に日本公開された韓国映画「クロッシング」だ。200万人の餓死者が出たともいわれる90年代、妻の薬代を稼ごうと脱北した父を追った少年が、モンゴルの砂漠で露と消えた物語だ。1万人の観客を集めるのも大変というこの種の映画で、15万人の大ヒットになった。
「北朝鮮の独裁体制を声高に批判するのではなく、日々の生活を淡々と描きながら、肉親が引き裂かれる、民族を超えた悲しみを訴え、結果的に国家権力の非情さを浮き彫りにしたから」
と、この映画を輸入したアジア映画社(神戸)の朴炳陽(パクピョンヤン)社長は語り、「昨年12月の北朝鮮の実力者・張成沢(チャンソンテク)処刑などで、不透明感が高まっている」ことも、北朝鮮をテーマにした映画の公開増と結びついていると指摘する。別の映画関係者は、
「拉致問題や国連による人権調査などで、北への日本社会の認識が大きく変わったこともある」
と、付け加える。
3月にはもう一本、対極的な映画が公開される。シンガポールの監督らが、平壌の演劇映画大学で俳優と女優を目指す男女学生の姿を追ったドキュメンタリー「シネマパラダイス★ピョンヤン」(8日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラム)だ。
映画の冒頭で、北朝鮮当局の「検閲を受けた映像」との趣旨の字幕が出る。
女学生は、明るく、素直で愛嬌が十分。たらふく食べ、おなかが太りすぎと踊りの先生に叱られ、父母に甘え切る姿を見ているうちに、この家族は、北当局がそろえた偽装家族ではないか、という気がした。立派なマイホームにも生活の汚れがない。こんな疑問をジェイムス・ロン監督にぶしつけにぶつけた。
「親子一緒のインタビューのとき、娘さんのしぐさから、実の親子ならではの緊張感を感じました。北朝鮮は望まないものを見せることはないですが、その状況の中でも、私たちが感じとれるものがあります」
カメラは北の愛国抗日映画の撮影現場にも向けられる。クライマックスは、どしゃぶりの雨だ。「韓流」もクライマックスは雨でずぶぬれシーンが定番だが、北も南もこうした感性が同じようなのも興味深い。
※週刊朝日 2014年2月21日号