各方面から批判が相次いだ特定秘密保護法案が衆院本会議で可決された。その結果が出てからジャーナリストの田原総一朗氏はこの法案の本当の怖さに気づいたと後悔する。
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大変危ない代物である特定秘密保護法案が、11月26日に衆院本会議で可決された。自民党、公明党、みんなの党が賛成したのである。朝日新聞は27日付の社説で「数の力におごった権力の暴走としかいいようがない」と憤激し、毎日新聞は「あぜんとする強行劇だった」とあきれかえった。
確かに、この法律には「秘密」の定義がなく、監視機関が作られる保証もなく、将来の公開の約束さえない。朝日や毎日が憤るのは当然だが、実は少なからぬ国民が、この法案にはあまり関心を示してこなかったという現実がある。
もっと言えば、この法案が成立すると、メディアの人間たちは取材しにくくなるかもしれないが、それはあくまでもメディアの問題であり、一般国民には関係ないと少なからぬ人々がとらえていたのではないか。
正直に言うと、これは私も含めたジャーナリズムの責任で、私自身、この法案の本当の怖さに気がつくのが遅れたのである。
特定秘密保護法案の対象は防衛、外交、スパイ活動、テロ防止などの4分野で、防衛は防衛省、外交は主として外務省が担当するのだが、スパイ活動とテロ防止を担当するのは警察なのである。もっと言えば、防衛、外交にスパイ活動とテロ防止が加わっていることがこの法案の最大の問題点であり、新聞、テレビ、雑誌の報道でも、このことの指摘が欠落していたのだ。
警察といっても、この場合は公安警察だ。スパイ活動やテロ防止のための任務とは、つまり国民を監視するということなのである。
例えば原発反対のデモを行うとする。デモのための打ち合わせをして、範囲はどこからどこまでにするか、規模はどのくらいにするかを決める。もちろん、整然としたデモを行うわけだが、警察がその気になれば、こうした当たり前の活動さえも、テロ防止と結びつけられなくはない。いやむしろ、積極的に結びつけようとするのではないか。
要するに、公安警察が狙っているのは治安維持、いや治安強化であり、その対象はほかならぬ、日本国民全般なのである。
現在でも、多くの市民運動に警察は少なからぬ関心、というより警戒心を持ち、治安維持の観点からできる限り詳細にとらえようとしているはずである。主たるメンバーのリストは当然作られ、その行動が記録されているに違いない。
そこにスパイ活動、テロ防止という大義名分が加われば、その範囲がさらに大きく広げられることになる。繰り返し記す。特定秘密保護法案の最大の狙いは治安強化であり、対象はわれわれ国民全般なのである。
それと、私を含めて少なからぬジャーナリ一ストたちが、特定秘密保護法案に秘密の定義がないことや、チェック機関のないこと、公開の約束がないことなど制度上の不備ばかりを批判し、本当の怖さに気づかないできた。あるいは、共謀、教唆、扇動など悪質な手法を使ったと決めつけられて取材が著しく制限される恐れがあることなど、メディアにとっての問題点ばかりを前面に出して論じすぎてきたきらいがある。
それにしても、自分自身の責任を含めて記すのだが、新聞やテレビなどマスメディアがこの法案の本当の問題点を欠落させて伝えてしまったのは、今さらではあるがいくら悔やんでも悔やみきれない。
※週刊朝日 2013年12月13日号