6~7組に1組の夫婦が悩んでいるとされる不妊症。WHO(世界保健機関)の調査によると、約48%は男性に原因があるが、日本では女性の治療だけが進んでいくケースも多い。結婚後、子どもができないことに悩んでいた大阪市に住む吉野健さん(仮名・36歳)は、婦人科のクリニックで検査を受けたところ「乏精子(ぼうせいし)症」と診断された。男性不妊の原因の中でもっとも多いのがこの乏精子症で、1ccあたりの精子濃度が1500万以下で診断される。
吉野さんは婦人科の医師から山口大学病院の泌尿器科を紹介された。担当した男性不妊専門医の白石晃司医師は吉野さんの陰嚢(いんのう)を見て、すぐに「精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)」と診断した。精索静脈瘤とは精巣の静脈に血液が逆流し静脈が腫れてこぶのようになった状態を指す。
精巣の温度は通常34~35度に保たれているが、37度以上になると精子の形成が弱くなる。精索静脈瘤があると、血液が流れにくくなることから温度が上昇する。このほかに、精巣内が低酸素状態になるなどの理由で精子が形成されにくくなると考えられている。
「精索静脈瘤は正常な男性の約20%に見られる身近な症状で、必ず不妊になるわけではありません。しかし乏精子症の人の約4割は精索静脈瘤があり、男性不妊の最も多い原因となっています。当院では精索静脈瘤の治療後、約7割の人の精子濃度や精子運動率が改善しています」(白石医師)
精索静脈瘤の治療は手術が基本だ。静脈瘤ができている血管をしばり、血液の逆流を止める。術後は、精巣内の温度が下がることなどから、精子が形成されやすくなる。手術の方法には、静脈を太ももの付け根あたりにある鼠径管(そけいかん)より上側で切る「高位結紮(けっさつ)術」と下側で切る「低位結紮術」がある。高位結紮術は腹腔鏡下でモニターを見ながら手術する場合が多く、低位結紮術は一般的に手術用の顕微鏡を使って実施される。
「女性は年齢とともに卵子の質が低下するので、少しでも早く精液の状態を改善したい。妊娠を目的とするなら、再発率や合併症率が低く、精液の状態が早く改善する低位結紮術のほうが有利なのです」(同)
しかし顕微鏡に慣れていない泌尿器科医にとって低位結紮術は難易度が高い。白石医師は多くの医師がこの手術を習得できるように、比較的簡単にできる術式を開発し、普及に努めている。
※週刊朝日 2013年11月22日号