戦後の第1次ベビーブーム(1947~49年生まれ)で生まれた子どもたちが大学に入学しはじめた65年、女子の4年制大学進学率はわずか4.6%だった。男子の20.7%に比べるとはるかに低い数字だ。戦争が終わって20年が経っても、まだ「女子は大学に行かなくていい」という考えが当たり前の時代だった。
だが、世界では60年代後半にベトナム反戦運動が盛んになったことをきっかけに、女性の社会進出を目指す「ウーマン・リブ」運動が勢いを増していた。その影響は日本にも伝播する。学生運動は「理論を主導するのは男、女はそれを支える」という典型的な男社会だったが、女性差別についての問題提起も広がり始めた。
千葉県在住の岩井真由美さん(仮名、72歳)は、学生運動を通じて「物事の考え方に影響を受けた」と話す。当時をこう振り返る。
「『結婚というのは、3食セックス付きの女中であってはならない』などと語り合ってましたよ。『女に教育は必要ない』という時代で、私が大学に行けたのも、末っ子だったから自由にさせてもらえたというのが大きかったですから。アルバイトの時給は130円ぐらいで貧しかったけど、高校までは抑圧されている気持ちが強かったので、大学は自由で楽しかった」
12月に出版された『続・全共闘白書』(情況出版)には、全共闘運動に参加した人を中心に、運動に参加した理由、政治について思うこと、また、現在の年収や家族形態など全75問のアンケート結果が掲載されている。なお、本のタイトルに「続」とあるのは、94年に同様のアンケートを実施して、書籍にまとめられているからだ。今回の回答者数は446人で、うち女性は46人。そこには“女性闘士”たちの回想も掲載されている。
東京大学出身の近藤ゆり子さん(49年生)は、<全共闘運動の内部にも女性差別は厳然として存在した>としながらも、運動は人生に<役立った>と回答している。東京都立大学の村上やす子さん(51年生)は、大学を中退してからは運動から遠ざかったが、<女性解放運動に長年関わり、各々(おのおの)と生き方が社会を変えてきたという実感がある>という。