とはいえ、浮き沈みの激しい芸能界、“楽しむ”だけで長きにわたる活躍を続けられるほど甘い世界ではない。
■「紅白出る!」を笑われた
天才少女歌手として若くして売れた小林だが、『おもいで酒』のヒットまでの低迷期には、まさに自身が「寅さん」で演じた売れない歌手さながらの低迷期も経験している。
かつて小林は不遇の時代を振り返りこう語っている。
「クラブやキャバレーでお客さんに合わせて一緒に曲を歌ったこともありましたし、米軍キャンプで洋楽を歌ったこともあります。『おもいで酒』は元々B面に収録された曲で、有線チャートから徐々に人気に火がついてヒットし、おかげさまでその年の『紅白』に出場させて頂きましたが、その前年の大みそかは熱海のホテルで温泉旅行に来たお客さんを前にステージをして、楽屋のテレビでスタッフと一緒に『紅白』を見ていました。『来年こそ紅白に出る!』って言ったら、みんなに笑われましたよ」
周囲の笑いをよそに、小林は翌年その言葉を現実のものとするわけだが、くしくも今夏に上梓した『ラスボスの伝言 小林幸子の「幸」を招く20のルール』には、『思い込みを捨て、思いつきを拾え』や『強がってみようよ 苦しい時こそ』、『ライバルは常に過去の自分』、など、紆余曲折あった長い歌手生活の中で培った「幸子イズム」を彷彿とさせる“ルール”が多数出て来る。
そんな中でも、とくに個人的に心に引っ掛かった『自分の機嫌は自分で取りなさい』というルールについて話を聞いてみると…。
「私だって人間ですから、そりゃあ機嫌が悪い時はありますよ。でも、どんなに周りの人が機嫌を取ってくれたり、持ち上げてくれたりしても、その理由は自分が一番よく分かっていますからね。最後は、自分で自分の機嫌を取るしかないんです。男性の方はあまりないかもしれませんが、女性、とくに私みたいな仕事をしていると、よく鏡を見る機会があるんです。すると、分かるんですよ。不機嫌な時は、どんなに取り繕ってもやっぱりひどい形相をしている(笑) だから自分にエールを送るんです。『あなたは大丈夫!』とか…」
どんなにキャリアや実績を重ねても時には自分に発破をかけて、己を鼓舞し、ポジティブな気持ちを持ってエネルギッシュに新たなステージに挑んでいく。
卓越した歌唱力は言うに及ばず、そうした挑戦の積み重ねが、歌手生活を55周年を迎えた今なお現在進行形で進化し続ける“ラスボス”の原動力なのだろう。 (芸能評論家・三杉武)