地方なのに「採用には困ったことがない」 漁業に革命を起こすシングルマザーの働き方改革

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 山口県の沖合に浮かぶ萩大島で、よそ者、当時24歳、シングルマザーでありながら、漁師たちをたばねて会社の社長になった女性がいる。事業成功までの波瀾万丈な道のりを描き話題を生んだ著書、『荒くれ漁師をたばねる力』の著者・坪内知佳さんだ。刊行から1年半、彼女のパワーは衰えるどころかさらに進化を見せている。改めて振り返る“荒くれ”たちとの日々と、彼女がいま描く「夢」とは――。

*  *  *
「うち、採用には困ったことがないんですよ」

 坪内知佳はサラリとそう言った。彼女が代表を務める株式会社「GHIBLI(ギブリ)」は、山口県萩市にある。全国規模で人不足が叫ばれている昨今、地方の中小企業で採用に困っていないと公言できる企業は少ないだろう。

 ギブリは地方に拠点を置く、高給のIT企業などではない。旅行部門、コンサルティング部門があるが、メインの事業は鮮魚販売部門。詳しくは後述するが、それにしても「おしゃれ」とか「人一倍稼げる」という仕事ではない。なのになぜ、「ギブリで働きたい」という希望者が絶えないのか。そのヒントは、坪内の次の一言からうかがえる。

「みんながみんな、想い合える世の中であってほしいんですよ。一生に一度の人生だから、好きなスタッフと楽しく仕事したいし、気持ちよく生きたいじゃないですか。みんなの人生がそうあってほしいんです」

■漁師からの意外な相談

 さかのぼること10年前の2009年。当時23歳、シングルマザーだった坪内は、やむを得ない事情もあって故郷の福井県には戻らず、女手ひとつ、子どもを生んだ萩市で生きる決意を固めていた。そのために高校、大学時代に必死に磨いた英語を活かして翻訳事務所を立ち上げたことが、予想外の出会いを生んだ。

 萩市の観光に関するウェブの翻訳の仕事を請けたのが縁で、地元の旅館の仲居さんの語学指導と、繁忙期のサポートをすることに。その年の12月、忘年会シーズンで忙しい宴会場の手伝いをしている時、萩の港から船で数分、日本海に浮かぶ萩大島の松原水産という船団で漁労長をしていた長岡秀洋と知り合った。


 翌年1月、長岡から呼び出されて指定された喫茶店に向かうと、長岡のほかに同じ萩大島で船団を持つ2人の社長が同席していた。なにか仕事をもらえるのかなと軽く考えていた坪内は、3人から話を聞いて驚いた。

「魚が獲れなくなって先行きが不安だから、新しいことがやりたい。でもなにをどうしたらいいかわからないから協力してほしい」

 若くて、よそ者で、英語を流ちょうに話す彼女なら、なにかいいアイデアがもらえるかもしれないと思ったのだろう。

 それまで漁業のことなど微塵も考えたことがなかった坪内だが、本当に困っている様子の3人を見て心を決めた。原因不明の病で「余命半年」と宣告された19歳の時、「私が今死んだとして、どれだけの人が本気で惜しんでくれるだろう。もっと人のために生きればよかった」と後悔した。後にその病の原因が特定されて生き長らえることができたが、あの日の後悔を忘れていなかったのだ。

■取っ組み合いのケンカ

 ここから、若きシングルマザーと荒くれ漁師という異色のチームの挑戦が始まった。萩大島の漁師をまとめ上げて萩大島船団丸を結成した坪内は、獲れた直後の魚を船の上で加工し、港から契約先に直送する「鮮魚BOX」を考案した。

 坪内が「船上直送」と名付けたこの事業には、逆風が吹き荒れた。排除される中間業者からの脅し。加工や配送なども担当することになった漁師たちの不満。加えて、ゼロから開拓しなければならない取引先。逆境のなか、坪内と漁師たちは何度もぶつかり合い、時には取っ組み合いのケンカをしながら、這いつくばるように前進してきたのだ。

 この暗中模索の時期も、坪内に迷いはなかったという。

「この仕事を始めた時、私は子どもの故郷であるこの島や海を守りたいと思いました。そのために、自分が正しいと思うことを1日1日、1分1秒をこなしていくだけです。人の役に立ち、誰かの何かにかみ合った時に、会社って勝手に大きくなるものだと思います」

 この取り組みは広く注目を集め、全国から問い合わせが殺到。そこで坪内は2014年にギブリを立ち上げ、船団丸の鮮魚販売だけでなく、他社へのコンサルティング部門と視察に対応するための旅行部門を設けたのだ。

■オフィスに子ども部屋

 船団丸の始動から9年が経った今、「鮮魚BOX」の契約件数は500件を超えた。そして坪内は現在、高知、北海道、鹿児島のクライアントとともに漁業の六次産業化に携わっており、2018年からはニーズの縮小などの課題を抱える真珠の事業もスタートした。

 あまり知られていないことだが、この成長の過程で、坪内は子育て中の女性、シングルマザーの女性などを積極的に雇用してきた。

 萩市の平屋に構えたギブリの事務所の1室は子ども部屋になっている。ギブリの女性スタッフ6人、それぞれの子ども計8人が遊んだり、休んだりするスペースとして使われていて、子どもたちがここで1日を過ごすこともある。

 オフィスでは、夕方になると誰かひとりが大量の夕飯を作り始める。オフィスで子どもと食べてもいいし、家族分を自宅に持ち帰ってもいい。仕事を終えた後に夕飯の支度をしなくてもいいように生まれたシステムだ。

 誰かが夜に開かれるセミナーに参加したいといえば、別のスタッフが子どもの面倒を見る。仕事が立て込んで残業が必要な日は、子どもも含めてみんなでご飯を食べる。食後には、子どもたちを風呂場に連れて行き、並べて身体と頭を洗う。そうしたら、時間が遅くなっても子どもは帰って寝るだけ。

■自分が社員だったらどうしてほしいか

 新しいというより、どこか懐かしい温かさを感じるこの働き方は、シングルマザーの苦労を知る坪内だからこそのアイデアを取り入れたものである。

「判断の基準は、自分が会社員として働くとして、どういう経営者だったらついていこう、一生懸命働こうと思えるか。自分が社員だったらこうしてほしいということをしているだけなんですよね。一緒に働くんだから、みんなで助け合えばいいじゃないですか。うちは、スタッフが妊娠しようと出産しようと、結婚しようと離婚しようとかまいません。副業もウェルカムだし、月に何割だけとか、単発でお願いする外部のスタッフもいます」

 結果的に、ギブリは合理的かつ人の温もりを感じさせるフレキシブルな職場になった。それと、様々なメディアに取り上げられて有名になった鮮魚販売事業の魅力がかけ合わさって、「採用しなかった年がない」というほど人材を惹きつけるようになったのだ。

 このインタビューは、坪内が真珠の事業で連携している溝の口のジュエリー店で行われた。そこにはジュエリーデザイナーの子どもも、ギブリのスタッフの子どももいた。それが当たり前といった様子で受け答えをしていた彼女は、最後にこう言って笑った。

「私の採用基準は、話していてピンとくるかどうか。学歴なんかあてになりませんから。人間には欠点があって、長所があります。そのなかで同じ一輪の花や、ちょっとした景色を一緒に『きれいだな』って感動できる仲間が好き。その人たちと私は生きていきたいんです」

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